第二部

□第二十四話
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「カーラ、じゃあ……行って来るから」
「ええ、あまり無理しないでね」
「大丈夫。これでも俺、前と同じくらい力が戻ったんだ――一日もかからないと思うから」

そういった会話をしたのが、ほんの数刻前。
変節風も吹き、大節が“地場(ラノーム)”へと変わった。
現在は、地場小節(プラン)の水旬(ヴェル)三の日。
俺が今向かっている場所は、ラコルム街道の中央部だ。
実は、地場(ラノーム)へと変節したはずであるのに、ラコルムの主が暴れまわっているらしい。
今シャン・ドゥは闘技大会開催間近の為、余所者といってはなんだが他部族や民衆が沢山訪れている。
その為、街の護衛団や傭兵達は揃って街の警護や多発する密猟の対応に追われて多忙を極めている。
それはラコルム海停も同じで、ラコルムの主が暴れていても割ける手がないのだ。
そこで俺に白羽の矢が立ったという訳である。
そのことをカーラに話した途端に猛反対をくらったが――心配してのことだというのは、とても良く理解しているつもりだ。
俺は、ラコルムの主を狩った後、その報酬で再び旅立とうと思っている。
オリジンとの契約もそうだが、とりあえず、エリーゼに会いに行きたい。
今の俺なら片腕がなくてもエリーゼを護れると思うから、そうしたら……ミラとジュードに会いにル・ロンドへ行こうと思っている。

(―――ん?)

頭上を、白いシルフもどきが飛んでいく。

(あれって……)

アルヴィンのシルフもどきを思い出して苦く笑った。
彼が、結果的に俺の腕を駄目にした張本人ではあるが――特に怨みはない。
勿論、片腕がないということはとても不便なことだ。
だけれど、俺が今心配なのは、アルヴィンがどこまで蝙蝠(こうもり)をしているかというところだった。
様々な組織を渡り、様々な組織を裏切り……そうやって生きていくことの苦しさを俺は知らないけれど。
とても哀しい生き方だと思う。
裏切ることしかできないなんて、否、裏切るからこそ信じてくれと言えないでいるのかもしれない。
保身に走り、生きることを考えて生きる。
俺よりも年上なのに、妙に餓鬼臭いようにも感じた。
ふと、地鳴りが聞こえる。

(――“ラコルムの主(ブルータル)”かな)

足早に駆けると、崖の下で見慣れた一団がブルータルと対峙している。

「あーあ……エリーゼに負けたなぁ」

彼女とは、どちらが早く会いにくるか競争していたというのに。
とりあえず、苦闘している彼らの助太刀に入るのが最善策だろう。
剣を鞘から抜いて、ブーツで地面を二・三回叩いて降りるタイミングを見計らう。

(――よしッ!)

崖から飛び降りながら剣を構えてリリアルオーブの力を解放した。
ブルータルの弱点は水。
今は地場(ラノーム)だが、水旬(ヴェル)――つまりはウンディーネの支配する旬だ。
水系の術技を使うにはちょうど良い。
少しだけオリジンのマナと自分の“生命力(マナ)”を混ぜて、術を放つ。

「――静なる雫よ、その清廉なる力を以って癒し、仇なす敵に罰を下せ!」

砂煙の中、響く詠唱の声に戸惑う彼らに口許だけで笑う。

「“アモール・レイン”!」

雨のように降り注ぐのは、癒しの雨。
しかしこの雨は、ブルータルに対しては針のように身体を貫く。
地面に降り立った俺は続けて、通常攻撃を仕掛けた。
剣を逆手に持ち替えて、一撃。

「“弧月閃”!」

もう十分叩かれていたブルータルは、斬撃を受けるとマナに還る。
剣を鞘に仕舞って、皆を振り返った。







 * * *






「皆、久しぶり」
「コノエ!」

ジュードが駆け寄ってくる。
頬についた土を拭ってやりながら口許を緩めた。

「ジュード、元気にしてたか」
「うん!コノエこそ、腕は……」

腕の心配するなと、ジュードの頭を撫でながら、次に金髪の女性に目を向けた。

「――ミラ、歩けるようになったんだな」
「ああ――コノエ、久しいな」

ミラと歩み寄り、ハイタッチを交わす。

「一段と技に磨きがかかっている」
「ミラこそ、少し…変わったな」

表情が豊かになったというと、首を傾げて考え始めてしまった。
そんなミラに苦笑して、脇腹に感じた衝撃に笑う。

「コノエお兄ちゃんに勝ちました!」
「エリーとボクの勝利だねー!」
「あーあ、負けちゃったなあ…エリーゼ、ティポも元気にしてたか?」

目線を合わせるようにしゃがむと、元気の良い返事が返ってきて思わず頭を撫でた。
そのまま立ち上がって、出戻りした男に視線をやる。

「……よ、よう」

気まずそうに顔をそらされたのがなんだか面白くて、噴出してしまった。
そんな俺にアルヴィンは言う。

「笑うなよ!俺は真剣に……!」
「ははッ……もう、怒ってないよ」
「……は……」

今も、簡単に信じてくれと言ったアルヴィンを信じられないでいるが。
そもそも、あの頬の一発でチャラのつもりで思いっきり張ったのだから。

「それとも、もう一発殴って欲しいか?」
「え、あ、いや……すまん」
「ははッ…久しぶり、アルヴィン」
「おう」

そして、アルヴィンの後ろにいる二人に目を向ける。

「ほっほ、若い者は元気がいい」
「何言ってるんですか、ローエンさん。貴方も十分元気じゃないですか」

先程の戦闘で、彼が俺が飛び降りる前に大きい術を放っていた。
とても元気な証拠だ。
シャール家の執事、ローエン・J・イルベルト氏。
彼が、このメンバーと一緒にいる理由は分からないが、俺がいない間に色々なことがあったのだろう。
ジュードが、俺の隣に歩いてきた。

「で、彼女がレイア。僕の幼馴染なんだ」
「レイアちゃんか。俺はコノエ・カスガだ。よろしく」

彼女の得物は棍のようだ。
そして、右利きの彼女には悪いが、左手を差し出した。

「私は、レイア・ロランドです!よろしくコノエ!」

レイアちゃんは察してくれたのか、何も言わずに握手を交わしてくれた。
活発そうないい子じゃないか、と思う。

「僕はル・ロンドに帰れって言ったんだけど、着いて来ちゃって……」
「なによジュード!まだ言ってるの!?」
「おばさんとおじさん……絶対心配してるよ!特におじさんは!着いてくるにしても、手紙くらい書きなよ!」
「う……わかった………」

ジュードの年相応な一面も見れて、安心する。

「で?どうして皆はア・ジュールに?」
「ああ、そのことだが……」
「私が説明致しましょう」

ミラが説明しようとしたが、ローエンさんが引き継ぐ。
彼の話によると、現在ラ・シュガル国内からイル・ファンへ向かう為に通れる唯一の場所が通れないそうだ。
その場所というのが、ガンダラ要塞。
現在、ガンダラ要塞内部は、ゴーレムが起動しており、今の自分達が通れる状態ではないとのこと。
その為、ア・ジュール国内から地場(ラノーム)により落ち着いているファイザバード沼野を通ってイル・ファンへ向かう計画を練ったそうだ。
しかし、とローエンさんがブルータルがマナに還った場所を見て言う。

「おかしいですね…ラコルムの主は、霊勢の影響を受けて地場(ラノーム)に入ったこの時期は活動を弱めている筈だったのですが」

その言葉に、今までどこにいたのか…銀髪の巫子、イバルが声をあげた。

「四大様がお姿を消したせいで、霊勢がほとんど変化しなくなってるんだ!」

なるほど、と納得する。

「じゃあ、ファイザバード沼野を抜けていくなんて……できないじゃないか」

ジュードがうな垂れ、その姿にイバルは嘲るように笑った。

「ファイザバード沼野を越えるだと?はっはっは!こうなってはワイバーンでもない限り、イル・ファンには行けないな!」

しかし、とミラの方を向いてイバルは続ける。

「だが、巫子であるこの俺は、ミラ様のお役に立てるぞ!!!」
「ほう、言ってみるがいい」
「はい、ミラ様!俺の使役するワイバーンが一匹おります、それでイル・ファンへ行きましょう!」

その言葉に考え込むミラに待ったをかける。

「ミラ、ワイバーンは最高で二人乗りだぞ」
「……なっ……貴様!」

俺に掴みかかろうとするが、右腕のあったところに目線をやって、勢いを無くした。
その姿を不思議に思ったが、俺はミラにある提案をする。

「ワイバーンなら、シャン・ドゥにいるぞ」
「本当か」
「ああ。キタル族という一族が管理を任されているんだ」
「なら、行き先は決まりだな」

ミラは、頷いて歩きはじめる。
ローエンさんは同意するように言った。

「ええ、ではこのままシャン・ドゥを目指しましょう」

その言葉に歩き始める一行の最後尾。
俺はイバルに引き止められていた。

「……おい」

珍しく、沈んだ眼で俺を見上げた。

「俺……俺様は、ミラ様に必要のないものか?」

不安げな少年の頭の上に掌を乗っける。
確かに、イバルに対するミラの行動は一見、とても冷たいものに見えた。
しかし、真逆なのだろう。
イバルをここまで遠ざけようとするのは、守りたいが為のように見える。

「イバルが、ミラを守りたいと思うのは使命だからか?誇りだからか?」

少し目を伏せて、答える。

「違う。ミラ様だからだ――ミラ様だから、守りたい」
「うん、ミラもきっと同じだろう――イバルを守りたいんだ」
「な……」
「これ以上、ミラは自分のゴタゴタにイバルを巻き込みたくないんだよ。そうでなければ、ここまで遠ざけようとしない」
「……」
「もしも、イバルが面倒事にミラを巻き込みそうになったら、そうならないようにするだろう?」
「……ああ」
「それと同じだ。察してあげて。イバルは、ミラの巫子なんだろう」

その言葉に神妙そうに頷いて、イバルは棘の取れた瞳で俺を見上げた。

「貴さ……いや、あなたは先代の巫女に似てる」
「ん?そうなのか?」
「ああ……先代様も黒髪に焦げ茶の瞳で、象牙色の肌をお持ちだった」
「!……その方は?」
「もう、亡くなった」
「そう、か……」

イバルは、一礼してその場を去る。
彼らの背は随分と遠くに行ってしまったが、それを追いかけて俺は走った。
シャン・ドゥに、戻ろう。





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