第二部

□第二十三話
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オリジンの力はエターナルソードと呼ばれる剣を媒介に発現される。
俺の血を首飾りの宝珠に与えると召喚できるのだが、まず最初…剣を握った瞬間に心臓が握り潰されそうになった。
動悸が早くなり、過呼吸気味になる。
曰く、オリジンを現出させながらの召喚だった為、元々俺の体内でわずかにしか生産できない筈のマナを一度に放出しすぎたとのこと。
それ故、拒絶反応が起きたのだそうだ。
暫く拒絶反応に耐えて、エターナルソードを戦闘に使ってみた。
脳内に様々な数式や術式が展開される為、どの系統のどの術を発動するか。
術式の展開から発動までどのくらいの時間がかかるのか。
術式の展開後に詠唱は必要であるか。
様々なパターンを試して得られた結果は、術式の展開から発動までノーモーションでできるということ。
更には詠唱破棄も可能ということ。
しかし、詠唱破棄した場合の威力は九割減。
そのかわりに確りと詠唱した場合の威力は通常の威力の二倍ということだった。
そして、術を使いすぎると――その分、俺の“生命力(マナ)”が少しずつ術と共に抜けていき、最終的には死ぬ。
もちろん“生命力(マナ)”は、休めば回復していくが。
簡単に纏めると、“オリジンの力であるエターナルソードは使うたびに命を削る危ない剣”ということだろう。

(――どちらにせよ、危険が伴うか)

水流に身を任せてたゆたう。
火照った身体にはちょうど良い冷たさだ。

(“生命力(マナ)”か……)

オリジンが日本人から貰っていたマナとは、つまりは生命力のこと。

(命を吸い取る……死神じゃないか……)

オリジン曰く、一日で俺が“生命力(マナ)”を放てる限度は約三十から四十回だという。
勿論、威力の大きな技を使えばその分減りが早い為、秘奥義並の術技は一日に二から三度放てば、あっという間に限界がくる。
今日は既に一日の限度が近いとオリジンに止められ、これ以上オリジンやエターナルソードの召喚はできない。

(――ふう……今日は、もう戻るか……)

服と道具と剣を水辺に置いて飛び込むように入った為、少し肌が痛い。
ふと、視界の端に人間の姿が掠めた。
流石に死体に間違われたくはなかった為、水中で立ち上がった。
そうすると、先程視界を掠めた人間がこちらへ歩いてくる。
涼しげな顔立ち、漆黒の髪、血色の良い肌と――ルビーのような瞳。

「まだ火場(イフリタ)とはいえ、モン高原と繋がる冷水の中に身を投げるとは――何を考えている」

水の中に飛び込んだところから見られていたのかもしれない。
その男は、少し険しい瞳になって言った。
身投げでなくとも、水の中に飛び込む前は相当覚束(おぼつか)ない足取りであったことは自覚していた為、素直に頭を下げた。

「死体かと肝を冷やしたぞ」
「要らぬ気を遣わせてしまって…すみませんでした……」
「……はぁ……まあ良い。兎も角、水から上がるがいい――風邪をひく」

男は、傍らの馬に付けてある荷袋から、布を取り出して俺に投げた。

「これで拭くと良い」
「――ありがとうございます」

手っ取り早く拭いて、慌てて服を着た。
髪から雫が滴る。
その瞬間、手から布が奪い去られ頭が布に包まれた。

「あ……」
「確りと拭け」

意外と優しい手つきで丁寧に水を拭う男が動く度に、上品なフレグランスが香る。
俺の身長はアルヴィンより若干低く、ウィンガルより背は高い。
男はアルヴィンよりも背が高く、ここまで近づくと見上げるのに首が痛いくらいだ。
不意に男の紅玉と目が合い――心臓が飛び出そうになった。
なぜか、彼が――優しい瞳で俺を見るから。
その瞳が……カーラの瞳とあまりにも似過ぎているから――。
目が、離せない。

「……どうした」
「え……あ、いえ……」

男は、目元をいっそう緩めて俺を見たあと、頭から手をどけた。

「あ……!布、洗って返しますから!」
「――ふ、いや……いい。それよりも、すまないな」
「え……?」

いきなり謝罪され、混乱してしまう。

「――キョウダイを思い出して、つい手がのびてしまった」

そういえば、普通見ず知らずの人間にする行為ではない。
拒否することもせず、されるがままだった自分が今更恥ずかしくなって…思わず顔が熱くなった。

「い、いえっ……!」

何も言えなくなった俺に、男は少し複雑そうな表情を浮かべて踵を返す。
無言で去っていく男の後ろ姿にデジャヴを感じた。

(あ……れ……?)

そう、どこかで見たことがある。
しかしどこで見たのか、そして、彼が何者なのか……全く思い出せない。

(まあ、いいか……)

俺はとりあえず考えることを放棄し、シャン・ドゥへの帰路についた。
まだ男がいるかもしれないと振り返るが、既に立ち去った後なのか姿が見えなかった。






 * * *






少し馬を走らせて、草木の影へ潜る。
ガイアスはそこに馬を停めて、口を抑えた。

(――ふ……俺としたことが、あのような安易な行動をとるなど……)

自分ですら己の行動を予測できなかったのだ。
見てみぬふりさえしていれば、彼と会い見(まみ)えることなどなかったというのに。

(しかし……)

彼、コノエ・カスガに触れて分かったことがあった。

(独特な気を放っているな……)

その独特な気は、彼に流れる血が放っているのだろう。

(報告通り、“増霊極(ブースター)”使用時のウィンガルの気に似ている……)

匂いで喩(たと)えるならば熟した果実の匂い。
ガイアスは、その気こそ百年前に起こった“闇夜の血戦”の元凶であることを識(し)っていた。
ニホン族の“女の血”は、ロンダウ族の血族と交われば男系の子供が産まれやすくなる。
一方、“男の血”は人間が体内に取り込むことにより、“霊力野(ゲート)”が活発に作用するようになるのだ。
現在ア・ジュールで進めている“増霊極(ブースター)”研究は、実はニホン族の血の作用を組み込んで始めた研究なのである。
当初、“増霊極(ブースター)”研究はラ・シュガルの新技術として進められていたものであった。
元々はガイアスに抵抗する者達がラ・シュガルより技術を盗み、リーベリー岩孔に研究所を構え独自に研究を進めていたのだ。
“増霊極(ブースター)”を認識したのは、ガイアスとウィンガルが反逆者を討ち取りに敵地へ攻めこんだ時であった。
それ以後、ガイアスは“増霊極(ブースター)”研究に着目はしたものの、中々思うように成果を出せずにいた。
そこに進言したのがウィンガルであった。
この国で、もはや神聖視されているニホン族の血の作用を識っている者は、ロンダウ族の流れを汲む者のみ。
つまり、ウィンガルとウィンガルの血族の一握りだけということになる。
“ラ・シュガルへの対抗策として、“増霊極(ブースター)”が今後のア・ジュールに必要だ”と。
彼はニホン族が百年前に滅びた事件“闇夜の血戦”が、ニホン族の血の作用が原因であること。
そして、その作用を組み込みながら研究することでア・ジュールはラ・シュガルと対等以上になれると進言してきたのだ。
しかし…ウィンガルは、まだニホン族に関する何かを隠している。

(まあ、良い――)

ガイアスは、王の顔になって再び馬を駆る。

(コノエ・カスガとて、我が民の一人に変わりはない)

そして、己の妹の大切な者。

(俺は、)

秘密裏にニホン族をかぎまわる組織が、最近ア・ジュールをうろついている。
いつか、彼がその組織に見つかってしまうかもしれない。

(護ってみせよう)

彼がどれほど貴重な血を持っていたとしても、己が民のひとり。
全ての民を護る――それが、“世界を牽引する者”の務めの一つであるから。
雪降り積もるモン高原を越えた先、雪深きカン・バルクの上層。
轍を通る馬の蹄の音さえ、氷の結晶は吸収してしまう。
しかし、彼の王が帰還するという一報は風と共に城内……否、街中に行き届いていた。
民の誰もが王の姿をひと目見ようと帰還を待つ。
そして、門を潜った王は民の温もりに口許を緩めつつ城へ戻るのだ。
自分の選ぶ道がどこに行き当たろうとも、己の決めた運命を全うすべく生きるのだ、と。
新たに定めた運命を背負って。
紅の瞳は、焔のように揺らめいていた。






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