第二部

□第二十六話
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シャン・ドゥの居住区は岩を掘った中に作られていることが多い。
勿論、今の俺の住処であるカーラの家も然り。

「ただいま」
「あら、お帰りなさい」

紅の瞳を優しく細めて、カーラが微笑む。

「無事に帰ってきたのね……良かったわ」
「……その説は、心配かけたな…ごめん」
「ふふ、いいの。――後ろの方々は?」

彼らに視線を向けて不思議そうに問うカーラに微笑んだ。

「一緒に旅をしていた仲間だよ。彼女が、ミラさん」
「ミラ=マクスウェルだ。よろしく頼む」

カーラはマクスウェルと名乗ったミラに、少し目を見開いて会釈する。

「僕は、ジュード・マティスです」
「わたしはレイア・ロランドです!」
「私は、ローエンと申します。どうぞお見知りおきを」
「エリーゼ・ルタス…です」
「ティポだよー!」

順番に挨拶を交わしていったが、ティポが喋った瞬間驚いたように俺を見る。

「コノエ…。彼は…ぬいぐるみよね?」
「ああ、まごうことなきぬいぐるみだ。間違いなく」
「そうだぞーカーラ君ー!」
「わ、私が可笑しいのかしら……」

いつぞやのミラとティポのやり取りを見ているようで微笑ましい。
そして、カーラは次にミラを見る。

「ミラさんは……精霊マクスウェルに連なる者?」
「うむ。連なる者等ではなく、本人だ」
「え……!ほ、本人!?」

頷く俺をみて、カーラは言う。

「精霊マクスウェルは、老成した男性の姿をとっていると思っていたわ……」
「ふむ。そうか、人間にはそう伝わっているのだな。……私は、とある使命の為に二十年前にこの姿を取ったのだ」
「使命……」

“使命”という言葉に、少し苦い表情を浮かべたカーラだったが、俺の様子を伺うように見た後に続けた。

「では、ミラさん。是非答えて頂きたいことがあります」
「なんだ?」
「――近代ではあるのですが、ア・ジュールにはニホン族という一族が居たことがありました」
「ああ、知っているよ」
「ミラさん、ニホン族はどこから来た一族なのですか?」

歴史教師、歴史学者としての顔でマクスウェルたるミラに問う。
しかし、ミラは首を横に振った。

「――すまないが、私でもそれは分からないのだ」
「……そう。マクスウェルである、貴女でさえも分からないのね」
「すまない」
「いいえ、いいの――ごめんなさい…葉脈も無く、こんな質問をしてしまって……」

……俺は、ミラが知らないのも無理は無いということを、言えなかった。
精霊王たるオリジンが、ニホン族を、そして俺をこの世界に呼び込んだなんて…。
どことなく気まずい雰囲気だったが、ミラの腹の音が盛大に鳴って、そんな雰囲気も霧散した。

「うむ、腹が減ったな」
「み、ミラ……」






 * * *






「美味だった」

満足そうにミラは腹を擦りながら歩く。
親父臭い行動に苦笑して、川の対岸へ渡った。

「カーラさん、お料理上手……!わたしも上手になりたい……!」
「ほっほっほ。コノエさんは役得ですね」
「ローエンさん……。茶化さないでください」

確かにカーラは料理上手だが。

「だけど、本当に良かったの?」
「何が?」
「何がって……僕達の旅に着いてくるから、もしかしたらもう帰らないかもって……」

心配そうに俺を見上げるジュードの頭を撫ぜる。

「心配してくれるのか……ありがとう、ジュード。でも、良いんだよ」
「でも……僕にだって分かるよ。コノエ、カーラさんのこと……好きなんでしょ?」
「“好きなのに、離れる必要があるのか”って?」
「……うん」
「そうだなぁ…確かに、カーラの事は恋愛感情で好きだったよ」
「だったら……!」
「だけど、今は家族として好きだ。そもそもカーラには、好きな人が居てね…俺が恋人として入る隙間なんてなかったんだよ」
「――コノエは…諦めたの?」
「ん?いや……」

諦めたわけではない。
ただ、決心しただけだ。
だけれど、それ以上を話しても埒があかない為、はぐらかすことにした。

「ほら、見えてきた」
「おお、この者達がワイバーンか」

上手いことワイバーンの檻にまで辿り着いたので、皆の意識を逸らすことができて安堵する。
しかし、檻付近に管理しているキタル族がいない。
俺が辺りを見渡している間に、ティポが檻の前でワイバーンを挑発してしまった。

「へへへーい、へへへーい!」

それが気に食わなかったのか、ワイバーンが大きく咆哮する。

「ぎゃあ!ジュード君ーッ!」
「え……」

恐れ戦いたティポが動揺して、俺の目の前にいたジュードの顔を呑みこむ。
前が見えなくなったジュードは、慌ててティポを外そうとして、階段を踏み外してしまった。
左腕を伸ばして、ジュードを間一髪で抱き込む。

「いやーん!コノエ君ステキー!」
「ティポ……お前ねぇ……。まったく……足場が安定した所でならまだしも階段は駄目だろ…」
「ガーン!怒られた…!」
「…今のはティポが悪いです」
「ジュード君ごめんなさーい…」

ようやくジュードの頭から外れたティポが勢い良く腰であろう辺りを曲げて謝った。
ジュードは苦笑しながら許してあげたようだ。

「ジュード、大丈夫か?」
「うん……。あ、支えてくれてありがとう」
「いや、大丈夫なら良かった」

そんなやり取りをしていると、階段を上がってくる足音が複数。
視線を向けると――キタル族の民族衣装を纏った若者が数名。

「君達、何をしているんだ!そのワイバーンは我が部族のもの…」
「ユルゲンス、ただいま」

若者の一人、ユルゲンスはキタル族の次期族長候補と名高い好青年だ。

「コノエ!無事だったのか!」

彼とは、俺がシャン・ドゥに住み始めた頃からの友達だった。

「ラコルムの主を狩りに行ったと聞いて、気が気でなかったぞ…」
「ごめん。――まあ、でも」

腕の中にいるジュードに微笑んで、後ろを振り返る。

「彼らがいたから、無事に討伐できた」

ユルゲンスは、ジュード達をそれぞれ視線を動かし、最後にワイバーンの檻の前で止めた。

「……!」

ワイバーンがミラに服従の証を示している。

「驚いた…。獣隷術も使わずにワイバーンを服従させるとは……」

ジュードを降ろして、俺もワイバーンの檻の前に立つ。

「ユルゲンス、この子達を少しの間貸してもらいたいんだ。勿論、タダでとはいわない」
「コノエ……」

キタル族は武闘派部族ではない。
唯一の武闘派は族長であるオルテガであるが、彼は王に仕えている為大会には参加できない。

「――ならば……。私は、キタル族のユルゲンス。君達は、街が賑わっているのには気付いたか?」
「はい。コノエから聞きました。闘技大会が行われる為…ですよね?」

ジュードがそう返すと、ユルゲンスが頷く。

「それを聞いているならば、話は早いな。単刀直入に言おう。我がキタル族の為に闘技大会に出てくれないか」

そうすれば、ワイバーンを貸す…と、ユルゲンスは言う。

「我がキタル族唯一の武闘派である族長は、王に仕えているため参加できない」

しかし、伝統ある我が部族がこのまま戦わずに負けてしまうのは矜持に反する、と。

「――参加すれば、本当にこの者達を貸してもらえるのだな?」
「ああ。そのつもりだ。ただし…優勝が条件だ」
「……ふむ、問題はなかろう」
「コノエの仲間だ、それなりの実力は持っているだろうが……君達の力を見せてもらいたい」

ミラが空に視線を向ける。

「迷う暇は無い。――ワイバーンを手に入れる為だ。皆もそれで良いだろう?」
「はいはい!満場一致!」
「レイア……」

戦い好きの血が騒ぐ、とレイアちゃんが言う。
呆れたような声を出したジュードだったが、彼も勿論異論はないそうだ。
ローエンさん、エリーゼも頷く。
しかし、疑問があるのかジュードが問いかけた。

「でも、部族の大会に僕達が出ても大丈夫なんですか?」
「そこは問題ない。優秀な戦士を連れて来る事は、部族の地位を高める行為として過去にもあったことだ」

ユルゲンスがそう返すと、下段から聞きなれた声が聞こえた。

「ははっ。また随分とテキトーだねぇ。……少し目ぇ離しただけで、面白そーなのに首突っ込んじゃって…。俺もまぜろよ」

スカーフを靡かせて涼しげに歩いてきたアルヴィン――どこに行っていたかは謎だが。
また良からぬことを考えているのかもしれない。
警戒しておくに越したことはない、とジュード達と話し始めた彼の横顔を見ていた。






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