雪月繚乱 第ニ幕《BL》
□一抄
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『……おなか、すいた……ジューシュ……のみたい』
暖かい風が新緑を駆け抜ける季節。
中心街から僅か離れた場所、とある建物の一室。生活感に満ちた室内で、取り残された異物は幼い子供の姿をしていた。
随分前に与えられた縫いぐるみと、唯一自分を抱きしめてくれるタオルケット。
少しずつ温度が上昇する乾いた室内で、何が起こっているのかもわからないまま、ただひたすら誰かが来てくれるのを待ち続けていた。
――その古い記憶が、何を意味しているのかを考えたことは無かった。
なぜなら――その後に蓄積された記憶の殆どが、彼にはそれまでの出来事が霞む程、幸福な時間になったからだ。
長い……悠久に続く夢から目覚めた時、彼がはじめて目にしたのは。
この世に生を享けた理由、そのものだった。
『今度はちゃんとお前のこと守るから――約束するから』
その切なくて優しい声を、彼は今でもはっきりと思い出すことが出来た。