雪月繚乱 in fantasy
□魔物の生贄
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「つきよ……さま。はよ……ぐううっ! つき……ツ……キヨ……」
「イシャナ……イシャナ……イシャナっ!」
月夜の呼ぶ声に、イシャナの確かな反応は消えていく。
やがて獣のような息に混じり、地の底を這いずりまわる、魔物のくぐもった呻き声がきこえてくる。
「ウ……ヴヴ……ツキ……キヨ」
「イシャナ……私がわかるか?」
繰り返される呻きから知性は感じられず、思わずそう訊ねる。
神山で自分を襲った獣たちの、無慈悲で残虐な眼が思い出され背筋が凍る。
だが、この魔物は違う。
彼はイシャナなのだ。
ナーガ王国の王を継ぐ者、月夜と同じ宿命を背負う者…。
「なにがあろうと、お前は国に帰るんだ。魔物になど負けてはならない。呪いなどはね除けて――」
気がついた刻には、身体が吹き飛ばされていた。
状況に頭がついていかず、刹那身動きも取れなかった。
醜悪な魔物と化したイシャナが目の前に迫るまで、月夜は他人事のようにそれを見つめた。
「……く……っ」
喉元を掴まれ持ち上げられる。
フーフーと、荒い息づかいが顔にかかる。
気管が圧迫されて、微かに喉が悲鳴をあげた。
――イシャナ……もう、わからないのか?
魔物はしげしげと月夜を吟味するように眺めてくる。
しかしその醜く裂けた口からは、ダラダラと涎がしたたっていた。
いまにも月夜を頭から噛み砕き、身体を引き裂いて血をすすろうとしているかのように。
「この期に及んでなお、お前はあくまでわたくしを拒むか? のう……童子。あの羅刹天と交わした契り……まだ還しておらぬのはわかっておる。ならばわたくしにそれを寄越さぬか? さすればナーガ王を戻してやらぬでもないぞ」