破壊神 第一・葦原のシオウ

□帝都ルダ、午前零時半
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 シオウは片手でひょいと椅子を持ち上げると、窓に向かって投げつけた。

 バリーン!

 盛大な音をたてて、大きな窓ガラスが粉々に砕け散り、破片が下に降注ぐ。
 後から、椅子が潰れるぐしゃっという効果音が聞こえた。

 その音を合図に、機会をうかがっていた兵士たちが、ドアを蹴破り突入する。

 部屋になだれ込んだ瞬間、何人かがシオウに向かって発砲してきた。

 銃弾がシオウの上を通過して、ひゅんと高い音が頭上でなった。
 立て続けに他の何発かが、足元の絨毯に穴をいくつかこしらえる。

 あーあ、威嚇射撃でこれはだめだろ。

 この絨毯、高いぞきっと。
 修理代とられてもしらないからなー。

 と、どうでもいいことをシオウは心配していた。

 ルダの一般兵の年収を知っているからなおさらだ。

 特に抵抗もせずに、ぼーっと兵士たちを見ていると、一番近くにいた兵士が咳払いをして一歩前へ歩みでた。

 「抵抗すれば射殺する。おとなしく…」

 偉そうな兵士は、最後までしゃべることが出来ず、口をぱくぱくさせた。

 目の前の小柄な侵入者が、窓の桟にひょいと飛び乗ったからだ。

 射殺するとは言ったものの、兵士たちはサラマンドラから侵入者の生け捕りを命じられていた。

 ここから地上まで優に五十メートルはあったはずだ。

 飛び下りればまず助からない。

 さらに侵入者は兵士たちの心臓には悪いことに、身体の軸を少しでもずらせば確実に落ちるような体勢をしていた。

 脅かしたり、怖がらせたりして足を滑らせたらアウトだ。

 即効落ちて、潰れた死体を作ることになる。

 そうなれば生け捕りではなく、死体を持ち帰ることになってしまうだろう。
 サラマンドラが、それを許すはずがない。

 普段は温厚なサラマンドラが懲罰をあたえるときに、日頃隠しているサディストっぷりを発揮することは軍属の中では有名だった。

 ここで、侵入者に身投げでもされて死なれてはたまらない。

 懲罰まえの、上機嫌なサラマンドラの顔を想像するだけで心臓発作を起こしそうなくらいなのに、今回の対象者は自分達である。
 先の生活なんてどうでもいいから、辞表を提出しようかと真剣に悩むほど、兵士たちにとってサラマンドラは恐ろしい存在だった。

 おろおろする兵士たちなどお構い無しに、シオウはのんびりと外の月に目を向ける。

 転化して人間もどきになること自体に抵抗はない。
 しかし、こう視力がおちてしまうと周りが霞がかったようにぼんやりして、綺麗な景色をはっきり見ることが出来ないのは、少し残念な気がしていた。

 今夜は満月ではないけれど、三日月もまた風情があっていい。
 それに、緯度が葦原と違うから、いつもとはまた別の星が楽しめる。

 こんないい夜には、得意な琴か篠笛でも演奏したくなるな。
 二胡でもいいけど。

 また兵士そっちのけでぼーっとそんなことを考えていると、下から強い魔力があがってくるのを感じた。

 あの兵士が「落ち着いて話あおう」とかなんとか言っているが、右耳から左耳に受け流して軽く無視。

 言ってる本人が、おれより落ち着いてない気がすんだけど…言い回しもありきたりだし…

 気にせず強い魔力の持ち主に意識を傾ける。

 この魔力の大きさからして、ついに親玉の登場らしい。

 肌がぴりぴりとした微量の魔気を感じとる。

 その人物の周りで、魔気の流れが変化しているのが伝わってきた。

 どうやらこの塔に結界を張るつもりのようだ。
 サラマンドラが、今まさに詠唱を終えようとしているのをシオウは感じていた。

 (すこーし不味いかも…とりあえず消えるか)

 シオウはにっこり兵士たちに笑いかけると(兵士たちには目しか見えなかったが)、くるりと背をむけた。

 侵入者が何をするつもりか気づいた兵士たちが慌てふためくが、気にしない。

 足に力を込め、シオウは窓から夜空に向かって跳んだ。

 背後で兵士の何人かが息を飲む。わりと少数だが小さく悲鳴をあげる者もいた。

 シオウの背後で結界がとじる。

 美しい夜に空を飛ぶ小さな身体は、装飾品や上等な衣服など身に付けていないというのに、まるで神話の一場面のように幻想的で現実味がなかった。

 上を見上げて殺気だっていた下の兵士たちも、口を開けてその非現実的な光景に魅入られている。

 侵入者はしなやかな身のこなしで何もない空間を、切り裂いていった。

 まるで、猫科の動物が跳躍するように優美だ。

 時間的にはあまり経ってなかったが、動きがなんとなくゆったりしているため、長い間空中にいたような錯覚を覚えた。

 シオウは三十メートル離れた四階建ての建物に、完璧な受け身をきめて着地するやいなや、間髪容れずに走り出した。

 見世物として見たなら、その場にいた全員からこの超人的な離れ業に拍車喝采が起こったであろう。

 しかし、さすがに今そんなことをするバカはいなかったものの、全員今見たことが信じられず魂を抜かれたように呆けてしまって、立ち直ることが出来ないでいた。

 呆然と侵入者が走っていった方角をぼんやりと見ている。

 五秒ほどで、隊長らしき人物がはっと正気に戻った。

 「何をしているのだ!愚か者どもめ!!口ふさいで追いかけろ!!」

 隊長の一喝で我に返った兵士たちは、あわてて侵入者を追いかける。

 侵入者は尋常でないスピードで屋根を走り抜け、その五秒の間に百メートル以上距離をかせいでいた。

 脱兎のごとくとはまさにこのことだ。

 塔の最上階へ続く階段の窓から様子を見ていたサラマンドラは、日頃の紳士っぷりなどかなぐり捨てて舌打ちし、思いつく限りの悪態と呪いの言葉をはいた。

 いつもは温厚な師のあまりの変貌に、付き添っていた数人の弟子たちが青くなる。

 自分の計画通りに物事が進まないことが、この世のなによりも頭にきてしまうサラマンドラは、泳がせた結果、初めて侵入者を仕留めそこなった自分自身に、猛烈に腹が立っていた。

 まるで自身への怒りの感情が、全身の血管の中で疼いているようだ。

 それが不快で、いつも激怒したときは、全身を掻き毟りたくなる衝動に駆られてしまう。

 弟子たちが入る手前、さすがに掻き毟るようなまねはしなかったが、その場で地団駄を踏んで、この他にぶつけようのない怒りをやり過ごそうとした。

 しかし優秀な彼らしく、そんなことに多くの時間をかけることはなかった。
 ものの二秒で立ち直り、こざかしいネズミを捕らえるため手中の機械を起動させる。

 画面の中では、小さな点が猛スピードで動いていた。
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