破壊神 第一・葦原のシオウ
□帝都ルダ、午前零時半
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厄介な王室付き魔術師、サラマンドラが就任して初めての盗みは、万が一危なくなった場合、魔術のごり押しで逃げきることが出来るであろう、シオウが選ばれた。
人間の土地だと仙の魔力は衰えるため、普通の者を行かせれば、いざ戦闘になったときかなり不利になるからだ。
盗みに入る場所の指導者がかわったり、構造が変化した場合、最初の盗みに入った者は報告書を書くことを義務づけられている。
個々で書き方はかわってくるが、シオウは百点満点からの減点方式で毎回つけていた。
ただこの方法だと、あまりに簡単すぎた場合には、マイナスになる時もある。
今のところシオウの報告書で最高点は六十二、最低はマイナス五十だ。
正直、今回のルダでの仕事が決まったとき、無意識に鼻歌を歌ってしまうほどシオウは浮かれていた。
(難攻不落、侵入不可能。あー、もうなんてすばらしい評判だ!最高っ!!)
いくら子どもといえど、仙の盗人の最高峰の一人。能力の高さを考えれば、仙の状態での盗みは簡単すぎてつまらない。
いつも自分の中で難易度をあげるために、敷地内の侵入から脱出までは一切魔術を使わないし、更に魔力が通常の五分の一まで下がってしまう転化までやる始末だ。
これでは身体が頑丈なこと以外は、普通の人間とほとんど同じ条件で盗みをすることになってしまう。
お前はバカかとソウゴに言われても気にしない。
根っからの戦士のソウゴと、生まれながらの盗人である自分の美学がずれているのは、まあ致し方ないとシオウは思っていた。
自分を殺そうとする敵を相手にするソウゴは、次の敵と闘う体力を残すためにも、一戦一戦を出来るだけ楽に勝つ方がいいと思っている。
そのため、わざわざ敵にあわせて自分の能力を下げるシオウの行動は、ソウゴにとって理解出来ないものだった。
それでもシオウは、少しでいいからこの高揚し、ゾクゾクする気持ちを分かって欲しくて「ソウゴだって、強い奴と闘う前、うれしくてゾクゾクするだろう?」と言うとソウゴは首をかしげ、にやりと笑って肯定した。
それがちょうど、一週間前だ。
昨日の夕方も、ずっと気分は最高だった。
久しぶりに楽しめると、書類もきちんと期限内に提出し、レンから明日は嵐だと言われた。
しかし、今のシオウは、わくわくしながらプレゼントを開けたとたん、楽しみにしていたおもちゃに期待を裏切られた子どもの、落胆した気持ちと同じものを味わっていた。
昨日までの高揚した気持ちがうそのようだ。
いや、期待していた分落胆はなお大きい。
侵入してから、すでに一時間が経過していた。
敷地に入った瞬間、警備兵と追いかけっこをすると思っていたため、一時間も放置されるとは想像もしてなかった。
これではまるで無視されているようだ。
シオウはうなだれた。
がっかりしながらも、評価はきちんとつけていく。
毎時間経過するごとに、頭の中で報告書に書く点数を、二十点ずつ引いていくのがシオウのやり方だ。
時間以外にはトラップ、探知機、警備のむら、監視カメラの死角の数などが減点対象になる。
現時点で、合計点は七十五まで落ちていた。
しかし、時間以外の減点が十以下だったのは、シオウの中では初めてのことだ。
屋根の上から下を見下ろしながら、シオウは久しぶりに感心していた。
減点したのは監視カメラの死角や、何人かの眠そうにしている警備兵ぐらいで、他に減点する場所はなかった。
確かに、これでは侵入不可能だと言われているのもうなずける。
自分にとって侵入するのは造作ないことだったが、それは脇においておく。
しかしまあ…
つまらない。
今さらだか、シオウは正面から入るべきだったと後悔していた。
自分にとって盗みは遊びの延長にすぎないが、一応国のため…世のため人のためという名義で盗みをしている以上、遊びよりも任務遂行を優先にしなければならない。
でなければ師のギンコか、ユラノトあたりから隔離室にぶちこまれる。
糖分が取れないあの生活を想像するだけで、シオウは泣きたくなった。
砂糖が自分の生活から消えるなんて、まさに生き地獄以外のなにものでもない。
個人的な盗みでないかぎり、シオウの無謀な”遊び”は禁止されている。
任務をちゃんと遂行していれば遊んでもおとがめはない。
しかし、遊んだ結果が失敗に繋がった場合、報告と同時に隔離室行きは免れなかった。
今回も一瞬頭の中で砂糖と遊びを天秤にかけたが、やっぱり自分の心は砂糖に傾く。
いつだって砂糖が一番大事だ。
正面突破は楽しそうだったがここの警備のレベルを考えると、魔術を使わない状態では突破出来ない可能性があった。
おかげで泣く泣く煙突からの侵入に切り替えたというのに、こちらはあまりに簡単すぎて違う意味で泣けてきた。
まったく、サラマンドラはなにしてる。
ギルダの兵器が全て記されている分厚い設計図書を、わけもなくぱらぱらと流し見る。
図書には複製防止が二重にかけられていた。
特殊型はある程度時間がたつと自然と解けるが、術者以外の者が解くのはけっこう難しい。
それに、どうしても強い魔術を使わなければならないため、サラマンドラに居場所が間違いなくバレる。
実力が分からない相手に対して、これ以上ハンデを与えるのは危険だし、それじゃただの間抜けだ。
実力の過信が命取りになることは、すでに経験済み。これ以上増やす必要もない。
生来の遊び好きといえども、わざわざ危険を呼び込むつもりは、シオウにはさらさらなかった。
想像よりも簡単に侵入出来たことには少々がっかりしたが、一応ここは敵地のど真ん中だ。
目的を達成した以上、さっさと退散するに限る。
ぐずぐずしてドジを踏まないとも限らない。
警備の多さを考えても、この状況では原本を持ち帰るのが妥当だろうと、名残惜しく思いながらもシオウは座り心地のいい椅子からおりた。
クッションだけでも盗んでいこうかという考えが、一瞬よぎったが素知らぬ顔で頭の中からしめだす。
来たときと同じように、煙突から脱出しようと手をかけたときだ。
ぞわりと背筋が冷たくなった。
簡単簡単と言っていたがこの状況、なんとなく不自然だ。
シオウは手の中の獲物に目をおとす。
見た目は、年期が入ったただの厚い本だ。
だが、複製防止以外の魔術がかけられていないのは、ちょっと無用心すぎる気がした。
サラマンドラを過大評価するつもりもないが、複製防止を使えるやつが部屋に魔術のトラップを一つも仕掛けていないというのは、どうも腑に落ちない。
罠か?
煙突から離れて、窓からそっと下を盗み見る。
五十メートル下の地上で、明かりが集まっているのが見えた。
まさかと思い、今度は部屋の外に意識を集中し耳をそばだてた。
人間の耳は仙のものよりも聞こえづらい。しかし、訓練されたシオウの耳は、一般的な仙の耳と同じくらい音をひろう。
優秀な耳は、五メートル離れた螺旋階段近くにいる、兵士たちの呼吸音をシオウに届けた。
この塔の脱出口は、螺旋階段が一本だけだ。
どうやらサラマンドラは、城の中でネズミを追いかけるよりも、泳がせて最後に囲みこみ楽に捕らえる方がいいと判断していたようだ。
対するネズミちゃんといえば、おかげで退屈極まりない一時間をすごすこととなり、非常に淋しい思いをしていた。
囲まれて慌てるどころか、やっと構ってもらえるのが嬉しくて、頭と顔全体を覆った布の下でにんまり笑っている。
シオウは上機嫌でスパイクや吸盤つきの盗人の靴紐を結び直し、煙突を通ったときに付いた身体中の黒い煤をぱんぱんと払いおとした。
もっとも、元々全身黒尽くめだったため、色的にはあまり変化はなかった。
図書には何か仕掛けられている気がするが、それならそれで望むところだ。
探知機だろうとなんだろうと、敷地外にでれば魔術でどうにでもなる。
このくらいの遊びならギンコたちの許容範囲のはずだ。
…多分。
屈伸して足の関節を慣らす。
ぱきぱきと小気味いい音がなった。
兵士たちが(実際まる聞こえだが表現的に)音もなくドアの向こうで、突入の機会をうかがっているのを感じる。
いよいよ、待ちに待った鬼ごっこの始まりだ。