薔薇

□溺れてしまえ
1ページ/1ページ




「馬鹿、だろ」
 つぶやく。
 それはただのひとり言――の、はずだったのだけれど。
「……だぁれが」
 間延びした声が斜め後ろから。
 この声は振り向かずとも分かる。

 ああもう、タイミングいいなぁお前。

 振り返って、俺は笑った。
「お前が」
(――嘘だよ、俺が)
 俺の言葉に。そりゃあ、頭のよろしい田中さまに比べればー、と梅田は笑った。
「本当馬鹿」
 ――俺が、ね。
「まだ言うか」
 そう言った梅田の声がさっきよりも近い。
 真横に気配。僅かに目だけを横にずらす。ああ、やっぱり。だから「近ぇよお前」
「つか、こんな人気の無い渡り廊下で何やってんの? もうほとんど皆帰ってるぜ?」
 おい俺の発言無視か。近い、つってんのに寄ってくんな。
「近い、つってんだろ」
 ぐい、と片手で梅田の肩を押す。
 と、誰が引き下がるものかというように梅田は足を踏ん張って俺が押している肩に全力を掛けてきた。
「あっさり離れろよ! 何むきになってんの!?」
 くっそ、全力で押してんのに一向に離れやがらねえ。
「なぁんだよぉ、近くて困ることあるのかよぉおお」
 あるよ。
 とか、言えるか。
「なくてもここまで近づかれたら不愉快だろうがっ」
「俺は不愉快じゃねーし! もっと近づきてーし!」
「っ、……お前のことは聞いてねーよ! つーか気持ち悪いわ」
 こんの馬鹿。クソ馬鹿。
 冗談でもそういうこというな。必死に足掻いてる俺の気もしらないで。
「うるせぇええええ俺をお前の胸に飛び込ませろよぉおおおお」
「お前がうるせーー! 意味が分からんことを言うな!」
 飛び込ませろってなんだよ! せめて飛び込んで来い、だろ。
 とかこれもズレたツッコミかもしれない、なんて思いながら、俺は必死だった。

 しばらくの攻防の末、やっと諦めたらしい梅田はぜえぜえと荒い息を吐きながら、
「なんなの!? お前なんなの!?」
 クワッ、と目を見開いた。
「いやお前がなんなの!?」
 俺もクワッと目を見開いた。
 そんな俺の反応に、ぶーっと唇を尖らす梅田。
「お前がなんかさびしそーだから俺が胸に飛び込んでやろーと思ったんじゃん!」
「百歩譲って飛び込んで来いだと思いますけど!!」
 俺はさっき心の中でしたツッコミを口に出した。
「じゃあ飛び込んでこいやっ! でも優しくね!」
「気持ち悪い!!」
 力の限り梅田の頭を叩く。
「もう疲れるわお前……」
 俺のさっきまでの感傷返せ。
 ここ数分ですっかり疲れて、はぁあ、と盛大にため息をついた。

「なあ、田中ぁ」
「あん?」
「やだ! そんなイラつかんといて!」
「うるさい。で、何」
「元気でたー?」
「……」
 意味わかんね。本気でさっきまでの感傷返せよ。元気でたー? じゃねえよイイ笑顔で聞いてんじゃねえよ元気でたよむかつく。
「な、な? 元気でたろ? な、じゃあ改めて俺を胸に飛び込ませてくれ!」
「ふざけんな、去れっ!!」
「……じゃあ、俺の胸とびこんどいでー」
 お前、ずっるい。
 両手広げてそんな顔で待ってんじゃねえよ。微笑とか湛えて気持ち悪いんだよ嘘だよ畜生かっこいい。



 ああもういいや、溺れてしまえ。





2011/09/20

BLて程BLじゃない気がするなあ。
でも一応BLのつもり。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ