薔薇

□ネコのオンガエシ?
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 ピンポーン、とチャイムが鳴った。
 こんな夜更けにいったい誰だ。非常識な。そうは思いながらも、玄関に向かって声をかける。
「はーい、ちょっと待ってくださーい」
 覗き穴を確認。あいにく姿が見えない。もしやイタズラだろうか。
 不審に思いつつ、一応確かめようとゆっくり玄関の扉を開く。怖いのでチェーンはかけたままだ。
「どなたでしょうかー……?」
 扉を開いた俺の目の前に現れたのは――――変態だった。
「なあ、おれを拾ってよ」
 そこに居たのはネコミミとしっぽをつけたイケメン。そいつが開口一番、「拾え」と言ってくる。
「……は?」
 どう見てもヤバイやつじゃん。
「あー、そういうのはちょっと……」
 今一度言うが、整った顔の男が、頭にネコミミをつけ、おそらく腰あたりからしっぽをぶら下げて佇んでいるのだ。これを怪しいと言わずしてなんと言うのか。おそらくこういった類いの人種は刺激するとなにをするか分からないから怖い。なるべく穏便にお引き取り願いたい。と考えを巡らせていたというのに。
「とりあえずおまえのうち、あげてよ」
 なんて涼しい顔でヤバイことを言ってきやがる。
 見ず知らずのコスプレ野郎を家にあげろと!? 常識的に考えてありえないよね!?
「いやあの知らない人を家に招き入れるのは無理なのですみませんがお引き取りくださ、」
「おい待て」
 うわあああヤッバ扉の隙間に足入れてきやがった! 扉閉めれなくするやつ! なんでだよ怖い!
「おまえら人間って猫好きなんじゃなかったのかよ?」
「は? ……ね、こは好き……ですが……」
 猫は好きだが今俺の前にいるのはネコミミとしっぽつけたコスプレ野郎でしかないし、俺は見ず知らずの猫のコスプレした男に猫と同等の癒しを感じるほどの狂った人種ではない。つーかいくらイケメンがやっててもイタすぎるだろこのコスプレは。
「じゃあ、ほら猫だよ拾え」
「……ネ、コ?」
「おまえらの大好きな猫様だろうが」
「からかうんじゃねぇよ! どこが猫だ、どこがっ」
 完全に電波な変態ヤローだろうが!
「どこってミミあるだろ! あー、あと牙」
 口の端を指でグイッと持ち上げて見せてきたその歯は、本人が牙と言うだけあって尖っている。
「いやでも全体のフォルムが人間じゃん! 無理あるでしょ! ちょ、マジで帰ってください」
「はー!? おまえが餌くれたから来てやったのに!」
「餌ってなに!??」
 コスプレ男に何かあげた覚えないんですけど!? ていうか餌って! 餌って言い回しなに怖いんですが!
 めちゃくちゃ焦ってとりあえず男の足を扉の外に押し出そうとしたが、全然動いてくれない。うちに入ってどうする気なんだこいつ。
「カンヅメ! くれただろ! おれ見て癒しされる〜って言ってたくせに」
 俺がコスプレ男に癒される!? いやどこで言うんだよ頭とち狂ってても言わねぇだろ!?
「いやもう本当いいです。間に合ってますんで」
「なっ……なんだよ、せっかく…………」
「……え?」
「こんなカッコウまでして来たのに……」
 急に、あんまりにもしょんぼりって顔するから、こんな非常識なやつなのにちょっと心が痛む。てか、こんなカッコウ、っておかしい自覚はあったんかい。なんでコスプレなんかしてんの。
「あー、あの……マジで覚えがないんで……あとコスプレは俺よく分からないんでやめてもらっても……」
「んあ? おまえ、ミミだけじゃ猫って認識できないの?」
「え? そりゃ、まあ」
 ネコミミ付けてる人間を猫として見るのは無理があるでしょうよ。
「せっかく言葉で伝わるようにカッコウ変えたのに……まあ、あっちのほうが分かるなら戻るか」
「ん? ……えっ? は!?」
 えっ、消え――――
「にゃあ」
 …………猫!!!!
「……猫!?」
 変態コスプレ男どこ!?
「んにゃ」
 あ! この模様見たことある……ていうかこの前公園で缶詰あげた猫!? ……マジで!??
 俺の想像を超えてくる衝撃的な展開がものすごいスピードでくり広げられて、もうなにがなんだか分からない。思考がフリーズしそうだが、どうにか状況を理解しようと頭を回転させる。
 さっきまでいた男が突然姿を消すし。あの男が言ってた通りの、俺が餌をあげた猫が目の前にいて。
 なんて、硬直していた俺が考えている間に、扉の隙間からするりと猫の肢体が侵入してきた。
「あっ」
 猫にチェーン、意味ないじゃん。

 入ってきた猫は、すぐさま人間をかたどる。そして、あ然とする俺など気にせず言葉を発した。
「……よっと。な、猫様だろ? 良かったな人間。拾えよ」
 男の頭についたネコミミが、ぴくんっと動く。
「……ネコミミ、本物じゃん」
「遅いんだよ人間め」
 フンッと得意そうな顔をしたネコミミ男が口の端を持ち上げて笑った。





2012/08/

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