薔薇

□君しか知らない本当の顔
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 廊下を歩いていると、どん、と背中に何かがぶつかった。
 見れば、どうやら同級生。同じクラスではないがどこかで見たことのあるような顔だった。
「…………」
「あっ、すいま……ヒィイすみません! わざとじゃないんですごめんなさい!!」
 その同級生が振り返ってすぐ。相手は真っ青になって、何度も頭を下げると逃げるように駆け出した。
「……っおい、待っ」
 伸ばした手は宙を掻く。
 やり場がなくなり、力なく俺は手を下ろした。
 はぁ、とため息。
「んなに、ビビんなくてもいーだろ……」
 自らの手を見つめながら、ぽつりとこぼした言葉、がどうやら誰かの耳に拾われたようだ。
 斜め後ろから問いかけられた。
「あは、また怖がられちゃったの? 流」
「板野……」
 振り向けば、可愛らしい顔が笑っている。
 板野歩。どうやら怖いらしい俺の顔面にも臆せず、唯一と言っていい、普通に接してくるヤツだ。
 ――いや、普通ではないか?
 普段の板野からの扱いを思い返し、自分の思考に疑問を投げかけていると、板野から声がかけられる。
「大変だねぇ、そんな顔してると」
「……したくてこんな顔なワケじゃない」
「知ってる」
 笑みを深くした板野が俺に近づいてきた。
「流のコワい顔はお飾りだもんね」
「……お前の“お飾り”は良いな」
「あはっ、これ? そーだね、すごい便利だよ。流と違って」
 俺が言いたかった嫌味を完璧に理解しているらしい。自分の頬に人差し指をあてて、板野は含みのある返事を寄越した。
 大きくため息をつくと、板野はついに声を出してカラカラと笑った。
「顔って大事だな」
「だよねぇ、流は凄い損してて可哀想。ホントはビビられた事くらいでヘコんじゃう、こーんなにカワイイ性格なのにね?」
 からかわれている、気がする。
「……板野は得してる側だからそんなに他人事なんだな」
「そうかもー。でもさ、周りのやつらが顔で判断するような人間で良かった」
「何が良いんだよ、全然良くねぇよ」
 恨みがましい視線を送れど、板野は気にしていなかった。それどころか、なんだか面白そうにしている。
「だってカワイイ流のこと、俺しか知らないってなんか得してる気がするし」
「……何だよそれ」
「あは、照れてんでしょ。やっぱ流カーワイイ」
 ――やっぱり、からかわれている気がする。

「流のことは俺だけが知ってればいいし、俺のことも流だけが知ってれば良いよ」
 そう言い放った板野は、それはそれは可愛らしく笑っていた。





2013/07/01

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