薔薇

□雑貨屋の店主さん
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 僕の学校と家を結ぶ道の、大体ちょうど真ん中にある。
 小さな雑貨屋さん。
 なんとなく通いはじめるようになって、もう半年。
 今日もその扉を開くと、店主さんは「いらっしゃい」と優しい声で、僕に笑いかけた。



 店主さんが笑うと、ふんわり心が弾む。
 癒しだなあ、と僕は心の中で破顔した。
「あ、これ良いですね」
 この前来た時には置いてなかった、新しい雑貨を見つけて、僕はふとそれを手に取る。
 気が付いた店主さんは、僕が手に取ったものを見て、少し跳ねた声で言った。
「新しく入れたんだよ、それ」
 いいでしょう? と店主さんが嬉しそうに言うものだから、僕も嬉しくなってしまう。
「それね、君の雰囲気に合うなって思ってたんだよ。だからこの店に置こうと思って」
 嬉しそうな声のまま、そんな言葉を続けるものだから。
「へ?」
 とくん、と心臓が鳴った。
 多分顔も赤いなあ、これ。熱い。
「あ、あのっ」
「うん?」
「これ、買います」
 ――なんて単純な僕。
 でも、しょうがない。こんなの買いたくならない方がおかしい。
 この人に限ってそんなはずはないんだけれど、もし計算だとしても、もうそれはそれでかまわないと思った。
「ありがとう、あっじゃあこれサービスね」
 渡されたのは、小さなメモ帳。
 表紙には小さな可愛らしい犬が四つ葉をくわえてちょこんと右端に座っていた。
「え、これ……」
「いつも来てくれるから。だから、ちょっとしたものだけど、オマケ。犬、好きだったよね?」
 ふんわり。店主さんの周りが柔らかな空気に包まれる。
『あ、僕犬好きなんです』
 なんでもない会話。そのうちの、ほんのひとつ。
 それを……覚えてて、くれたのか。
「……っありがとうございます」
 鞄に店主さんのくれたメモ帳を大事にしまう。これ大事にしすぎて使えそうにないなあ、と思いながら。



「それじゃあ、また来ます」
「うん、またね。ありがとうございました」
 店を出るために扉を開くと、ついている古い鈴がカラカラ鳴る。この音が、僕は好きだ。
 ゆっくり閉まっていく扉を見つめ、中の店主さんを想い描く。
 またすぐに、僕はこの店の扉を開くだろう。

(明日は用事があるから、明後日かな)

 きっと明後日も変わらないだろう店主さんの笑顔と、優しい歓迎の声を想い、僕は笑みをもらした。





2012/08/01

ほのぼのを目指して。

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