百合

□二人
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 救いがない。
 とあの人が言った。

「それでも、どうしようも無いのよ」
 そう言ったのは、私だ。
 いくら救われなくても、報われなくても、それでも仕方ない。
 だって、私が求めるのは貴女しか居ないのだから。



「ね、いいでしょう」
 私のそれよりはいくらか年を刻んだ手を握る。
 返事は無かった。その代わりに僅かに指先に力がこもったのを感じて、それを合図に私は貴女に顔を近づけた。
 貴女からは決して近づかない、けれども貴女は拒まない。
 いつもそうだから、私は止められるはずもなく唇に触れてしまうのだ。
「……さぁ、夕飯にしましょう」
 触れた唇が離れると、やんわりと手をほどかれ、そんな言葉をポツリと落とされた。
「……うん」
 開くでもなく握るでもない、中途半端に空いた手を見つめて気のない二文字を返すと、微笑んだ貴女はゆっくりとキッチンへ向かった。
「今日は何にしようかしらね」
「決めてないの?」
「ええ、何か食べたいものはある?」
 こんなとき、何でもいいよ、と言うのは困るだろうな。そんな返事は良くないとも聞いたことがある。
 そんなことを考えながら私の口から決まって出る言葉は
「……なんでもいいよ」
 なのだった。
「困ったわねぇ」
 どうしよう、と呟くキッチンに佇む後ろ姿を見つめながら、私は一粒涙が流れるのを感じた。
 あぁタマネギでも切っているんだろうか、おかしいね私が切っていないのに涙だなんて、すごく強力なタマネギ。

「ハンバーグ」
「ん?」
「ハンバーグにしようよ、タマネギたくさんはいったやつ」
「いいわね、そうしましょう。でもあなた、そんなにタマネギ好きだったの? 18年いっしょだったけど知らなかったわよ」
 ふふっと笑い声が聞こえて、それから冷蔵庫をあける音。
「挽き肉がないから、買ってこなくちゃね」
「じゃあ、私買ってくるね」
「あら、それじゃお願いしていいかな? よろしくね」
 その声を背に、私は玄関まで歩き出す。
 靴をはいている私の耳に、気を付けてね、と聞こえたから。
「行ってきます母さん」
 出かける合図を出して扉に手をかけた。
 外は少しだけ寒い、もう日も沈みかけている。
 夕焼けが眩しくて、私はまた、涙が出そうになった。



「愛してる、それだけなのにね」
 私の遺伝子に、あのひとの遺伝子が入っていたって、それでも私達はひとつではない、二人の人間なのだから、私があのひとを愛するのを止められはしなかったのだ。

「ごめんね。母さん」





2012/02/15

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