百合

□おしえてあげる。
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「せんせい、」

 好き。と、言われた。
 生徒に。
 女の子の。



「私、女なんだけど」
 性格はサバサバしてるとはよく言われるが、少なくとも男に間違われたことは無い。
 髪だって背中に達するほどは長い。身長もそんなに無いし、だから多分間違えているわけでは無いんだろうけど。
 現に、
「知ってる」
 と、その子はキッパリ言った。

 目の前の女の子。私が受け持つ生物の授業の、生徒。一年E組・金谷唯。
 なかなか生徒の名前を覚えないことでおなじみの私でも知っている。学校に入ってすぐに、美人過ぎると有名になった。今ではあらゆる場面でこの子の名前を聞く。
 肩で揃えられた髪は、切る人が勿体ないと思うんじゃないだろうかと言うほどに、まっすぐで漆黒。綺麗な髪。
 涼しげな目元、なのに大きくてくりっとしている瞳は、吸い込まれそうな錯覚に陥る。
 鼻筋も通っていて、唇は適度にぷっくりとしている。
 きっと男の子は、こんな顔を近くで見ただけで堪らないんだろう。女の私だってクラッとする。
 確かに、至近距離で見た金谷の顔は一つの隙もない位に整っていたのだ。
 ……ん? 至近距離?
「か、なや……!?」
 バッと体勢を逸らす。
 金谷の顔に見入っていて、気づけば鼻と鼻がひっつくほどに、近かった。
「……残念」
 何が、と言う勇気は私には無かった。
「ねえ、先生?」
 甘い声。
 脳みそが蕩けそうな、その声。
「知らないでしょ? こんな世界」
 当たり前だ。知るはずない。
 恋愛経験は人並みと言えるかどうか分からないが、こんな年だ。ひとつやふたつ、なんかじゃない。
 けれど、こんな事は私の経験に含まれていない。参考に出来そうな体験もない。



「いっつも教えて貰ってばっかりだから、今度は私がおしえてあげる」
 にっこり、目を細めたその子の笑顔は、ゾクッと背中が寒くなるほどに妖艶だった。
 ああ、私男だったらとっくに落ちてただろうな。女でさえ、今、危ないのだから。
 生徒だとか、女同士だとか、どうでもいいような感覚に、陥りそうになる。



(ああ、さて、いつまで持つかなあ、私)





2011/04/10

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