百合

□君ハ知ラズ
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「春音、春音春音っ、聞いて!」
 勢い良く、興奮した様子で名前を呼ばれた春音はその声のした方に返事をしながら振り向く。
「はいはい、なに」
「さっき……ッ! 長浜と井原君がね、超イチャイチャしてたの……!! リアルBL!!」
 春音はため息を吐いた。
 またか、といった表情である。
「長浜×井原君だよね!」
 コソコソっと小声で話しているのに、興奮した様子は抑えられていない。嬉々として語る幼なじみ・日奈子に、春音は呆れ顔を作った。
 それでも感情の高ぶった日奈子には、春音のそんな表情が目に入っていないようである。話していくに従い、握った拳に力が入る。
「だってさ、長浜が後ろから抱き締めてたんだよ! それに井原君のツンデレ発動して、『あっついんだよ、くっつくな!』なんて萌えるしか無いじゃんね? 長×井萌えっ!!」
 キラキラ輝く日奈子の瞳。
「チャラ男×真面目っ子なんて美味しすぎる。しかも幼馴染みだよ、ねぇ、これ萌えが盛られ過ぎてるっ」
 それと対照的なのは春音の冷めた目である。綺麗な顔をしかめて、日奈子を眺めている。
 理由は明快。最近はもっぱらこの話題だからである。
 いい加減あいつらがくっついてようと離れてようとどうだろうが、まったく興味の無い春音にとってこの話題は、正直日奈子が話しているからかろうじて聞いている、という程度である。こんな話題でも耐えられるのは日奈子のこれ以上ない笑顔のおかげのみであると言っていい。
 それでもあまりに興味がないので、最近はなんだかあの二人に苛ついてきていた。
(無駄に日奈子の萌えポイントついてくるなよ、お前ら)
 と、春音が渋い顔をしているそのタイミングで、苛々を誘う例の二人の声。
「うざったい!」
「いいじゃん愛が欲しいの、俺はー。愛が足りないぃ」
「いっつも俺んち来てべたべたひっついてるくせによく言う!」
 あぁ、あいつらは。またしても日奈子が食い付くであろう発言をさらりと言って下さる。最早狙ってんの? と思いながら、春音はちらり、と日奈子を横目で見やる。
「もぉー、けしからんもっとやれ! て感じだよねっ」
 案の定である。

「あのねぇ、日奈子……」
 ため息。
「現実の人間でカップリングつくるのやめなさい」
「えーだって……私の生きる糧なのにぃ」
 不満そうに頬を膨らます。
(可愛い……)
 なんて感想を抱いている場合じゃなく、と頭を冷静に戻す。
「とりあえず、あんま興奮しないの。あいつらには聞かせないようにしなさいよ」
「はは……すいません」
 苦笑。のち、
「でも妄想は止められないの」
 困ったように頬を掻いて、日奈子は言った。
「やめろとは言わないけど。それが日奈子の嗜好なら仕方ないから」
(それに、話自体にはあいつ等にイラついてくるほどに興味は無いけど、日奈子の笑顔は可愛いから)
「でもね、教室ではやめときなさい」
「うん、教室では多少自重します。ごめんね、興奮したら周りが見えなくなっちゃうの」
 日奈子がぐっと拳を握った。
「うーー、でも、長×井は最近の最萌えだからね。今超語りたいぃ。教室で自重頑張るから、帰ったら聞いてね! ね!」
「はいはい、分かりましたよ」
 苦笑を交えて、了承の返事を送る。
 すると、妙に真面目な顔した日奈子が春音の顔を見ながら。
「……春音」
「ん?」
「こんな話聞いてくれるの春音だけだから。春音興味無いのに、つい語っちゃうの、ごめんね? いつもありがとね」
 ちょっとだけ眉を下げて、申し訳なさそうな顔をしている。
 そんな顔で日奈子が掴むのは、春音の制服の袖。
「……いいえ、どういたしまして」
(なにこの可愛いの。連れ去りたい)
 長らく一緒にいるが、日奈子と一緒にいて嫌だったことなんかひとつもない。いつだって日奈子は可愛い。そしてズルい。
 たまに、本当にたまに、先程のような発言をしては春音の心を鷲掴むのだ。



 なんだかなあ、と春音は日奈子に聞こえないようにそっとため息を吐いた。

 多分きっと、いや絶対。
 こんな私を、君は知らない。





2011/05/22

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