百合

□隣のあの子
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 ついっ――、と横にやった目は、となりになったあの子を見てる。

 いつぶりだろう、と思った。授業中に起きているなんて。
 今日は週の真ん中、水曜日にあたるわけだが、少なくとも週初め――月曜と火曜は寝ていた記憶がある。だってつまらないじゃないか。数学だの英語だの国語だの。分からない、ひとつも理解できない。
 だけどこんな世の中だ高校くらい出ておかなくては駄目だろう。仕方がないから留年回避のために、出席だけはしている私はまあまあ頑張っていると思わないか。
 なんていう考えの私が、何故か昨日の五限目。席替えをした時から、一睡たりともしていないのだ、学校で。
 奇跡。と、数少ない友人が言った。そうだな、自分でもそう思う。
 何故なのか、と言われれば明確な理由を答えることは出来ない。私にも分からない。けれど、隣のこの子が関係していることは間違いない。だって席替えした途端、だったのだから。



「田村」
「……はい」
 先生から名前を呼ばれて、意識を黒板に戻す。
 不機嫌な顔の先生が私を見ていた。
「この問題に、」
「わかりません」
 尋ねられる前に答えてやったら、更に苦い顔になった。
 そんな顔されても分からないものは分からない。というか最早、今が何の授業中なのかすら分かっていないのに、その問題を解けとか、無茶を言う。
「……それじゃあ、笹井」
 先生の目線が横に移る。
 呼ばれた名前は、今まで私が見ていたあの子。
 笹井は何かわからない呪文のような言葉をつぶやき、それを聞いた先生は、正解だと満足そうに言った。
 それからまた、黒板に向って何か話し始めた先生の声は、私の耳には届かない。
 ノートと黒板を行き来してる笹井の目。忙しそうだな、と思いながら見ていた。
 白い指が握るシャープペンシルの、先から紡がれる整った字。私のガタガタのとは大違い。
 ふいに、笹井がいつもかけている自身の黒いフチの眼鏡に手をかけた。
 ゆっくりと外されて、見えた。
「ぁ、」
 まつげ。
 けっこう長い。

 伏せられていた目が、先程漏れた言葉のせいでかどうかは知らないが、こっちを向く。
 目が、合う。
 びりり、と何処かが痺れたような気がした。
「落ちてる、」
「へ?」
「これ」
 と、笹井の手が床に伸びる。その指が絡んだのは私の消しゴムだった。
「はい」
 ころ、と私の手のひらに収まった、笹井に掬い上げられた消しゴム。
「え、あぁ、ごめん。ありがとう」
 その瞬間だった。
(あぁ、そうか、そういうこと)
 私は分かってしまったのだ。



(なんだよ、そうか。私、こいつに惚れてるんじゃないか)





2011/04/10

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