百合
□隣のあの子
1ページ/1ページ
ついっ――、と横にやった目は、となりになったあの子を見てる。
いつぶりだろう、と思った。授業中に起きているなんて。
今日は週の真ん中、水曜日にあたるわけだが、少なくとも週初め――月曜と火曜は寝ていた記憶がある。だってつまらないじゃないか。数学だの英語だの国語だの。分からない、ひとつも理解できない。
だけどこんな世の中だ高校くらい出ておかなくては駄目だろう。仕方がないから留年回避のために、出席だけはしている私はまあまあ頑張っていると思わないか。
なんていう考えの私が、何故か昨日の五限目。席替えをした時から、一睡たりともしていないのだ、学校で。
奇跡。と、数少ない友人が言った。そうだな、自分でもそう思う。
何故なのか、と言われれば明確な理由を答えることは出来ない。私にも分からない。けれど、隣のこの子が関係していることは間違いない。だって席替えした途端、だったのだから。
「田村」
「……はい」
先生から名前を呼ばれて、意識を黒板に戻す。
不機嫌な顔の先生が私を見ていた。
「この問題に、」
「わかりません」
尋ねられる前に答えてやったら、更に苦い顔になった。
そんな顔されても分からないものは分からない。というか最早、今が何の授業中なのかすら分かっていないのに、その問題を解けとか、無茶を言う。
「……それじゃあ、笹井」
先生の目線が横に移る。
呼ばれた名前は、今まで私が見ていたあの子。
笹井は何かわからない呪文のような言葉をつぶやき、それを聞いた先生は、正解だと満足そうに言った。
それからまた、黒板に向って何か話し始めた先生の声は、私の耳には届かない。
ノートと黒板を行き来してる笹井の目。忙しそうだな、と思いながら見ていた。
白い指が握るシャープペンシルの、先から紡がれる整った字。私のガタガタのとは大違い。
ふいに、笹井がいつもかけている自身の黒いフチの眼鏡に手をかけた。
ゆっくりと外されて、見えた。
「ぁ、」
まつげ。
けっこう長い。
伏せられていた目が、先程漏れた言葉のせいでかどうかは知らないが、こっちを向く。
目が、合う。
びりり、と何処かが痺れたような気がした。
「落ちてる、」
「へ?」
「これ」
と、笹井の手が床に伸びる。その指が絡んだのは私の消しゴムだった。
「はい」
ころ、と私の手のひらに収まった、笹井に掬い上げられた消しゴム。
「え、あぁ、ごめん。ありがとう」
その瞬間だった。
(あぁ、そうか、そういうこと)
私は分かってしまったのだ。
(なんだよ、そうか。私、こいつに惚れてるんじゃないか)
2011/04/10