百合

□青天の霹靂とは
1ページ/1ページ


 確か、芝原さんとはあまり話したことがなかったと思う。
 芝原さんはよく男子の間で可愛いと話題になる子だった。誰々くんが芝原さんのことを好きだとか、そういう話はよく流れていた。
 噂では、付き合っては別れ付き合っては別れ、を繰り返していると言う。今は十人目だとか二十人目だとか色々言われているが、本当のところは分からない。
 そんな芝原さんと平々凡々地味な私は話したことなんかなくても当たり前。だけど入学式に一度だけ、話したことがあるのを記憶している。
 それゆえに、“あまり”話したことがないという言い方になったのだ。



「は、話が……っあるんだけど」
 だから、そんな芝原さんから呼び出しを受けたとき、私は何事だろうと思った。
 友人たちは私を心配し、ついて行こうかと言ってくれたけれど、私は大丈夫だと断った。
 確かにあまり良い噂を聞かない彼女だけれど。それでも、呼び出した芝原さんの言葉と態度に、悪意など見受けられなかったから。
 私は素直に彼女についていくことを決めた。彼女の後ろを歩きながら考える。どうしたのだろう、何の話だろう。何か芝原さんと共通する話なんかあっただろうか。
 色々記憶をたどってみるが、あまりコレだと思うものは出てこない。
 そうして、いつの間にか着いたのは人気の少ない校舎裏。すごいベタだなぁ、なんて考えているうちに、芝原さんの口からこぼれたのは私の聞き間違えなんじゃないかと疑ってしまうようなセリフ。
「好きです。付き合ってください」
 えっ、と思わず口に出た。
 相手からつぶやかれた言葉が信じられない。
「……も、もっかい言ってもらって良い?」
 聞き間違いかと先ほどのセリフを聞き返せば、芝原さんは暫く視線をさまよわせたあと、もう一度私に向かって同じ内容の言葉を言ってくれた。
「好き、だから……付き合って」
 小さな音量は、不安な気持ちであることをうかがわせる。
 表情も、それはよほど切羽詰まっているのかというような顔で、私は驚いた。
 いつも冷静で、感情表現の薄いあの芝原さんが、こんなにも動揺を見せている。こんな芝原さんを見れる事はめったにないだろう。
 少し、優越感。得をした気分。
 でも――
「なんで私?」
 前述したように、私は芝原さんと話したことがほとんどない。
 何故、私なのか。それは疑問に思って当然なのではないだろうか。
「入学式」
 ぽつんと落とされた、単語だけの声。
 続きは、覚悟したように息を飲んだあとに、やっと発せられた。
「可愛いねって、言ってくれたの。私の、ヘアピン」
 そうして芝原さんがポケットから取り出したのは、見覚えのあるそれ。
 入学式の日、斜め前に座る芝原さんを可愛いなと思った。可愛い子だなと思った。その髪に控えめにつけられたピンは、可愛いその子にとても良く似合って。
 可愛いあなたに良く似合うヘアピンだね、という意味のこもった『可愛いね、そのヘアピン』というセリフが口から出てしまったのだった。
「それ、だけ?」
 芝原さんの『ありがとう』で終わった、なにげない会話。よくある世間話みたいな、たった一度の会話だ。
 それなのに、芝原さんはそれから私が気になって仕方なかったと言う。
「あなたは、覚えてないかもしれない。覚えていても、気にもとめてなかったかもしれない。それでも、私にとっては特別なことだったの」
 凛とした声だ。私を見据える瞳は、覚悟のこもった眼差しをしていた。
「あなたが好きです。付き合ってください」
 僅かに震える、凛とした声。
 強い想いの中に不安が入り交じっている。芝原さんの気持ちをそのまま表した声のような気がする。
 愛おしい、と思った。
 そんな自分に戸惑って、相手の顔をうまく見られない。芝原さんは、しっかりと私を見つめているのに。
 あまりに反応が返ってこなかったからか、芝原さんが不安を吐き出すように「ダメ、かな」とつぶやいた。
「良いよ」
 それは反射のようだった。
 何かをじっとこらえるような表情――普段の芝原さんからは想像出来ないような、その表情――を前にして、私は無意識に応えてしまったんだ。
 途端、パッと芝原さんの表情が嬉しそうに輝いた。――気がした。

 あの芝原さんが付き合うのがこの私とは、一体誰が予想しただろう。
 青天の霹靂とは、きっと多分このことだ。





2013

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ