百合

□よく聞く事ですが、
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「……」
「ごめんなさい……」
「……」
「ごめん……なさいぃい」
 ぐしゅっ、と顔を歪めて涙目になっている、目の前の恋人。
「もう浮気しませんんん! なるちゃん許してぇ……っ」

 浮気癖の治らない、仕方のない恋人。

 大袈裟に呆れた顔をしたら、捨てられた犬みたいな目をして、うるうる私を見つめてくる。ずるいったらありゃしない。
 そろそろ本気でキツく言わないと、もうこの癖は治りそうもないから、今回ばっかりは簡単に許すわけにはいかない。
 そんな相手を好きになったのは自分だし、と、ある程度は寛大な心を持って接してきたけれど、そりゃあ浮気されていい気分になるはずは無いんだから。ここらでなんとかしたい、と思っている。
 眉をつりあげたまま、目の前でしょげる相手に言葉を投げかける。
「今月何回目? あかね……」
「に、にか……三回です」
 ぎろ、と睨んでやれば、ハジメに言おうとしていたはずの回数より増える。
 それでも。
「五回でしょ?」
「……ハイ」
 本来の数字より少ない数字だ。
 今更誤魔化したってどうしようもないのに、ちょっとだけ抗おうとしてみるあかね。そんな姿は少しかわい……ちがう、違うぞかわいくない。可愛くない。今回はほだされないぞ。
 だめだ、私はきっとあかねが好き過ぎる。でも、決めたんだ、今回は! 今回はちゃんと反省させなきゃ。
「なる、ちゃ……あの、あの、なるちゃん。ごめんなさい、も、もうしないから。す、捨てちゃやだよ……?」
 あかねがオロオロしながら、私に縋る様な目を向ける。
 いつもならこのあたりで私が折れてしまうから、きっと普段と違う私に不安になったんだろう。
 機嫌を取る様に私にそろそろ手を伸ばして、戸惑いがちに触れてくる。私より背が高いのに、今は縮こまって小さく見える。なんだか、優越感。
「じゃあ、最初からしなきゃいーのに」
 ぼそっと呟いた言葉に、あかねは雷に打たれたような顔をした。
「はあ、しょうがないなあ、もう」
 ぷるぷる震わせながら腰に絡みついていた手をとって、今にも泣きそうな顔をした恋人を抱きしめた。
 しばらくその状態でいると、戸惑いの声があかねから漏れる。
「なる、ちゃん?」
「ったく。私が捨てるわけ、ないじゃない。どれだけ好きだと思ってるの……」

 よく聞く事ですが、惚れたモン負け、というやつです。
 結局私はあかねに弱い。

「……っなるちゃんなるちゃんなるちゃああん!」
「ぅわ、あっ」
 がばあって抱き着いて、ぐりぐり頭を押し付けてくるあかねをどうどう、となだめる。
「好き、好き大好きっなるちゃんが一番好きだからねええなるちゃん好きいい」
「はいはい、じゃあ浮気やめてね」
「もうしない! なるちゃんっなるちゃん!」
 きゃっきゃってはしゃぐあかねに、苦笑い。
 誤魔化された気がしないでもない。それでも好きと言われたら悪い気はしなかった。
 まあ、この言葉も毎回のことで、浮気もやめるなんて言ってきっとまたするんだろう。
 ほんと、駄目な恋人。
 でも、そうなっても怒りながらまた絶対に最後には許してしまう。これは断定できる。ほんとに駄目なのは自分かもしれないなあと思った。





2012/07/10

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