百合

□君ハ未ダ知ラズ
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「うああああ今日の二人見たあああ!?」
 目の前で拳を握りしめて叫び声をあげる日奈子。
「長浜と井原?」
「そうっ」
「いや、あんまり見てなかったけど」
 だって興味ないもの。日奈子見るので精一杯。
「長浜がっ井原君にっ! 覆い被さってたんだよおおおお」
 ああ、してたね馬鹿な男子共がエセプロレス。
「井原君の顔!! 真っ赤でエロかったでっす!」
 そりゃ大の男一人にのっかられりゃ苦しくて真っ赤にもなる。
「しかも喘いでたよ!!」
 正確には呻いてた。
「ごちそうさまですっ!」
 今日も今日とて、日奈子は腐女子だ。



「それで授業中も頬がゆるみっぱなしだったわけだ」
「ぅえ!? そっそんなニヤニヤしてた……?」
「うん」
 まあそんな日奈子も可愛いんだけど。
「あうー……っ、恥ずかしい……」
 ぷしゅう、と真っ赤な顔から煙が出る。
 ちくしょう可愛いな。
「ほんと、すぐ顔に出る」
 そう言って笑ってやったら、拗ねたように唇を尖らす。
「……しょうがないじゃん」
 なんなの、わざとなの? 誘ってるの?
 まあ、そんなわけはないのだけれど。本当に、動作ひとつひとつが可愛くて仕方がない。そう思えるくらいには、私は日奈子にベタ惚れだ。
 それでも日奈子は鈍いし、私はあまり表情が変わらないタイプだから、きっとこれは気づかれていない。
 ふと拗ねていたはずの日奈子を見れば、もう顔が緩んでいる。ああこれはあいつらの事でも考えてるんだろうなあ。
「……」
 もちろん、日奈子が二人の事を考えていると言っても、まったくもって自分との関わりを望んでいるわけじゃなくて、本当にただ妄想の元として好きで考えてるってのは分かっている。
 分かっているのだけど、うん……やっぱり面白くはないよね。自分の好きな人が、他のやつの事ばっかり考えてるってのは。
 それだから、心の中だけでは、あの二人に純粋な悪意あるこの言葉を送ろう。――くたばれ。

 心の中で毒づき、ほんの少しだけ苛々の収まったあと、緩んでいる顔に声をかける。
「しかし、あんたホント好きだね」
「うえ!? なに!?」
 ……別の世界からオカエリナサイ。
 トリップしていた日奈子に、ため息をついて、一言。
「アイツラのもーそー」
 言ったら、なんで分かったの? とでも言いたそうな顔でこちらを見る。
「大体日奈子がぼーっとしてる時は、そういう妄想してる時じゃない」
「あ、そ、そーだね、はは」
 困った顔をしながら、それでも日奈子は力強く言った。
「ほんとに長浜と井原君は腐女子的にオイシイです、はい!」
「あいつらも可哀想に」
「う゛」
 そ、それは……分かってるけど……ごにょごにょ。
 申し訳なさそうに、日奈子の言葉が小さくなる。
「でも、あんなイチャつかれたら。実は、実はそうなの!? とか……思うじゃん……期待するじゃん……」
 ぼそぼそつぶやいてから、かくん、と項垂れる。
「まぁ、実際にはあんまりいないよねぇ」
 ふう、と日奈子がため息。
「……そうね」
 あんまり、居ないでしょうね。……同性を好き、なんて。
 ため息は日奈子が吐いたから、私は吐く気にはならなかった。日奈子の下がった頭を見つめながら、きっとこの恋は叶わないのだろうとぼんやり考えた。
「まあ、男なのに男の子好きなんてあんまり居ないのは知ってるよぅ、でも期待くらい、良いでしょう?」
 顔を上げた日奈子が、そう言って笑った。

 期待くらい、良いでしょう? か。

 私にも期待くらい、させてくれないかな、とか。どうだろうか。
 しかしまあ、顔を上げてこちらを見つめてくる日奈子が、私から見れば上目使いになっていて、ああだからなんて可愛いんだろうこの子は、とか思ってしまったわけで。
 そんなことを思っていたら、なんだか色々とどうでもよくなってしまったので、私は日奈子の近くにいれれば満足なんだろう。
 そう思う。





2012/06/30

『君ハ知ラズ』の二人。春音と日奈子。
まあこっちだけでも読める、ハズ。
いまだ恋愛未満ですね、春音がヘタレなので(

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