百合

□放課後の音楽室
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「やべ、教科書置いてきた……」
 放課後。教室にはひとがまばらになりはじめたころ。
 音楽室に、教科書を忘れてきたことに気づく。
 音楽室は自分のクラスから少し遠くて、わざわざ取りにいくのも面倒くさい。
 しかし取りに行かないというわけにもいかないので、重い足を引きずって忘れ物の元へ向かった。
「つーか音楽なんてなくていいのに……」
 いちいち移動とか、めんどくさいし。ていうか俺、音痴なんだよ……音楽キライ。
 ぶつぶつ小言をいいながら、音楽室にたどり着くと。
「ん?」
 音楽室の扉に手をかけてから、気づく。ひとの声が聞こえた気がした。
 ゆっくりと扉を開いた、その向こう。

 キス、をしている。女の子と女の子。

 ……え!?
「ちょっ、えっ!? アレ!?」
 どっちも女の子ッ!?

 ――ガタガタ、ガタンッ!

 大きな音が響く。
 びっくりして、俺がどっかにぶつかった音。俺の叫びとその音に、女の子たちが振り向いた。
 うわあああ!?
「すすすいませ、覗きとかじゃないんっす、た、たまたま! わわわ忘れものっして! それで取りにきた、だけ……なん、で? あれ……?」
 なんか、見た事ある、顔……?
「山下さん、と沖……さん?」
 振り向いたその二人は、同じクラスの子だった。
 小さく名前を呟くと、瞬時に真っ赤な顔した沖さんが、俺に向かって少し大きな声を出した。
「あんた! みみみ、見たんじゃない、でしょうね……ッ!?」
「え!? 見たって、あの、見てませ、あの、キスとかしてたの見てな……あ、」
 墓穴掘ったアアア!
 ぷるぷると沖さんの肩が震えだす。やばい!
「沖さん」
 今まで何の反応も無かった山下さんが、ゆっくりと沖さんの名前を呼ぶ。
 真っ赤になって震えていた沖さんが、困った様に呼ばれた方へ振り向いた。
「なっ何よ山下、だってあいつが、」
「栗原くんもわざとじゃないんだから」
 冷静な山下さんの言葉に、沖さんが、ぐっと言葉を飲み込んだ。
「栗原くん、ごめんね」
「あっ、いいえ! とんでもございませんっ!」
 焦りのあまり、ビシィ! と姿勢を正して頭をブンブン横に振る。
 山下さんはそんな俺を見て、少し笑った。
 あ、はははは……。
 そしたらなんか沖さんに睨みつけられた。沖さん怖いよ……。
 沖さんに睨まれたまま、居心地の悪い想いをしていると、山下さんが俺に向かって話しかけてくれた。
「栗原くん、ここに忘れ物したんだっけ?」
「あ、うん」
「もしかして、コレ?」
 机の上に、一冊だけ放置されている教科書を山下さんの綺麗な指が示す。
「あ、それ」
 俺の反応を見てから、山下さんがその教科書を掴んでゆっくり俺の方へ歩いてくる。
「はい。忘れ物注意してね」
「あっありがとう」
 差し出された教科書をお礼を言いながら受けとる。
 その間、沖さんの視線が相変わらず痛かった。なんでそんな睨むの、沖さん。
 沖さん美人だから、睨みに迫力がある。すごい気圧される。
 もっとにこにこ微笑んでください……。
「あ、それとね」
 沖さんの視線に圧倒されていたら、山下さんに話しかけられたので視線を向ける。そうしたら、その顔が思ったよりも俺の顔に近かった。
 うわアアアア待って!! 女の子に免疫ないからこんなに近づかれるとまずいんだって!!
 あと沖さんの顔も結構まずい事になってるからやめてぇ!!
 山下さんは沖さんと違って、真面目であまり目立たないから知らなかったけれど、良く見るとなかなか可愛らしい顔立ちをしている。
 キスしてたんだから、多分二人が恋人で、俺は相手がいる人に手を出したりする趣味とか勇気とかないのだけど、それでもドキドキするから、いきなり近づくとかちょっと心臓に悪い。

 山下さんの眼鏡の奥の目が、俺を見据えた。
 囁くように。俺の耳元で山下さんの声がする。
「さっきのは秘密で――よろしく、ね」
「えっ、あ、ハイ」
 思わず返事をしたら、山下さんが僅かに微笑んだ。



 それから、山下さんは般若のような顔をしている沖さんに振り向いて手招きする。
 山下さんが振り向いた途端、沖さんはさっきまで俺に向けていた顔は何だったんだというくらいに蕩けたような顔をして、こちらに向かってかけてくる。
 向かってきた沖さんが、山下さんの隣に立つと、その腕に自分の腕を絡ませた。
「沖さん。栗原くん、ないしょにしてくれるって」
「……ふうん」
 ギロ、ってまた睨みつけられて、この数分で沖さんは俺の事を敵認識したんだなって分かる。
 そんな沖さんの心を知ってか知らずか、良かったねって山下さんが絡みつかれていない方の手で沖さんの頭を撫でた。
 そうして、「そろそろ帰ろう」って囁く。
 その言葉に、いつもツンツンしてて皆が近寄りがたいくらいの雰囲気を出す、あの、沖さんが。顔を赤らめながら、うん、なんてそれはしおらしく言った。
 ……山下さんは天然タラシなんだろうか。
 ぼんやり考えつつ、
「じゃあね、栗原くん」って去って行った二人の背中を見送って、俺は気が抜けた様にその場に座り込んだ。
「あの二人、いつからだったんだろ……」
 まったくそんな素振りなかった。全然知らなかった。

 女の子って、わかんないなあ。





2012/07/05

第三者視点(男の子)から見ての百合を書いてみたかった。

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