鬼神様×兎さんの少女漫画。

アニメで描かれていない部分の補完です。




「次の方どうぞ」

ここは獄卒採用のための面接試験会場。私の番が来たようです。合格できるよう、がんばりまーすよー。

「芥子です。よろしくお願いしまーす」

私を育ててくれた老夫婦は、身分も何もなく貧しい暮らしをしていましたが、礼儀作法にはキチンとした人達で、私にもいろいろ教えてくれました。その教えを生かして、合格してみせまーすよー。

「閻魔庁の第一補佐官、鬼灯です」

試験官の方も、きちんと自己紹介してくれました。礼儀正しくて、いい感じです。偉そうにも、怖そうにも見えますが、何というか……眉目秀麗なルックスで、かなりお素敵……はっ! いけないいけない。試験会場でこんな浮ついたことを考えるなんて、はしたないです。

「これまでは桃源郷にお勤めだったのですね。私もときどき薬を購入しに行きますが、お会いしたことはあったでしょうか?」

「いいえ、ないと思います」

こんな世間話から入る心遣いまで、して下さいました。

「残念ですね。では、志望動機を聞かせて下さい」

心地よく耳をくすぐる低い声で言われて、私は話し始めました。


悪い奴をこらしめたい。嘘をついた者、他人を傷つけた者、悪事を働いた者が大きな顔をしているのが許せない。

悪運よく現世での報いを受けずに済んだからといって、あの世でもまかり通ると高をくくっている者に、ハンムラビ法典のような悪因悪果を体験させてやりたい。


ああ、スラスラと言葉が出てきます。生前の私は普通の兎らしく、人語を聞き覚えはしても、自ら話すことなど出来ませんでした。どうやら先日の強烈な体験が、私の自我と自意識と言語中枢に作用して、コペルニクス的化学変化でもって、一気におしゃべり出来るようになったみたいです。だからほら、こんな難しい言葉だって、使えるようになったのです。


鬼灯と名乗るお方は、私の話を真摯に聞いて下さいました。

「天国での仕事を捨てることに、未練はないのですか? 地獄(ここ)は亡者の呻き声を子守歌にするような場所です。耐えられますか? 」

その問いかけに、私はきっぱりと答えました。

「はい。どんなことでも平気です。私にはもう、帰れる場所などありませんから」

現世にいた頃、私は恨みも憎しみも……およそ、負の感情とは無縁に、毎日を穏やかで優しい気持ちだけに満たされて暮らしていました。桃源郷で薬剤師の修業をしていた時も、大きな変化はありませんでした。例の狸が、私を変えてしまったのです。

桃源郷は、千年すごしても一夜の夢のように感じる場所です。正義も悪もなく、言ってみれば生々しい感情から切り離された夢のような場所です。今の私は、あの場所に似つかわしくありません。

私の手は、狸を葬った血で汚れているのです。

後悔はありません。罪悪感もありません。これから那由他の時を、十字架を背負って生きるとしても、ウェルカムです。

それに……もともと、天国の穏やかさに退屈していたような気もします。上司である神獣様は基本いい人で、大勢の兎仲間を平等に大切にしてくれましたが、だからこそ私は言葉を発する必要も、個性を持つ必要も、なかったのです。

「女の子はみんな可愛いから、優しくしたくなっちゃうんだよ」などとうそぶくのを聞くたびに、なぜだかイラッとしていたものです。

昨日、地獄で出会った雌兎にその話をすると、「そういうのチャラ男っていうんだよ。面白くていいじゃん。おごってくれそうだし」と言われました。私は、彼女の言葉にも、脚の付け根を強調した被毛(ハイレグというらしいです)にも、なぜだかイラッとしました。

それでも、地獄でいろんな種族のいろんな方々に出会えるのは新鮮です。

常春の桃源郷と違って治安が良いとは言い切れない地獄ですから、たとえ目を開けたままでも野宿するわけにはいきませんが、桃源郷で毎月いただいていたお給料を貯金してあったので、衆合地獄の安宿に滞在するくらいなら困りません。まさしく五百円玉貯金が役に立っています。

「失礼ながら、浄玻璃の鏡で見せていただきました。狸を一匹、殺していらっしゃいますね」

ドキッとしました。地獄の鬼様には、個人情報さえお見通しなのでーすね。

「ああ、心配いりませんよ。あなたは、とっくの昔に生者ではないのですから、裁きの対象にはなりません」

固まってしまった私に、鬼灯様は教えて下さいました。

「罪には……問われないのですか?」

「罪どころか、立派な報復をなさったと思いますよ。相手は、制裁を加えられて当然のことをしたのですから。悪因悪果。ハンムラビ法典。 素晴らしい信条ですね。不利益を受けて、泣き寝入りするのも自己責任、復讐するのも自己責任です」

このお方は、わかって下さる……

目頭が熱くなりました。大好きだった育ての親の、おじいさんとおばあさん。お二人のためにしたこととは言え、心のどこかで思っていたのです。お二人は、私が報復することを望んだのかどうか……と。自分では出せない答えを、誰かに出してほしかったのかもしれません。私がしたことを認めて下さる誰かに、会いたかったのかもしれません。

「あなたは恐らく、思い付く限りの方法で責め苦を与えたのでしょう。すっきりしましたか?」

「……はい。しました……」

「そう言い切れる、ぶっ飛んだ熱さを持つ獄卒が、地獄には必要なんです」

重低音の、でも柔らかい鬼灯様の声が、私の頭の中に染みわたります。

「うっ……ふ……ふっすん……」

私は、とうとう泣き出してしまいました。

一人ぼっちになって、見知らぬ世界にやって来て……誰かに認められ、褒められたかったのかもしれません。仔兎の頃みたいに、おじいさんとおばあさんに慈しんでもらっていた時みたいに……

だからといって、面接の場で感情的になるなど、もってのほかの所行です。

無理やり泣きやもうとして、しゃくり上げてしまった私の頭を、椅子から立ち上がった鬼灯様がポフポフと撫でて下さいました。大きくて骨ばった手のひらは、とても優しく暖かいものでした。

「面接の場だというのに、個人的な感情を口にするなど、私は公人失格ですね。おまけに女性の体に許可なく触れてしまいました。不快なら、言って下さい。面接の合否に影響することはないと約束します」

そう言いながらも私をモフモフモフモフなさるのを楽しんでくださっているみたいで、何となく嬉しいような気になりました。

「いいえ……いいん、です……このままで……」

その手のひらにすり寄って行くみたいにして、私は涙が収まるまで、そうしていました。


むかしむかし。桃源郷に就職して間もない頃を思い出しました。その頃の私は、まだほとんどおしゃべり出来ませんでした。怒りも憎しみも恨みも知らなかったからです。生まれも育ちも山奥の小さな村でしたから、人間(人型)も、そう多くの数を見たことがありませんでした。

上司になる神獣様は、ずいぶん背が高くて見目麗しい殿方だったので、逆に警戒してしまったものです。

ある日、薬を取りにやって来たお客様が、同じくらい背が高くて、似通った面差しの方のような気がしました。

「おや、こちらは新入りの兎さんですね。耳の先だけが黒くて、きれいな毛並みですね……」

低く通る声で私を愛でて下さって、頭を撫でてて下さいました。

そのお方とはタイミングが合わなかったのか、それきり来店なさらなかったのかどうかは、わかりません。お顔も思い出せませんが、今の鬼灯様の手のひらは、そのお方のものに似ているような気がしました。


「復讐も制裁も、それが出来る自分の力は、誇るべきものですよ。あなたの力は必ずや亡者の呵責に生かされるでしょう」

面接の最後に、鬼灯様はおっしゃいました。もしかすると、この方も報復や制裁のご経験がおありなのかしら、と思わせる口調のように聞こえました。もちろん、そんな立ち入ったことは訊けませんが。

すぐに内定をいただいて、更に、ホテル住まいでは不自由だろうと寮の部屋までこれまたすぐに手配していただいて、私は就職しました。

配属された部署は、嘘つきをこらしめるための地獄。まさに、私がやりたかったことを思う存分やれるところです。こういうのを天の采配というのでしょう。


「おや芥子さん、お疲れ様です」

ある日の終業時、鬼灯様に出会いました。

「鬼灯様……ごぶさたしております」

「今日の業務は終わりですか。良かったら一緒に夕食でもいかがですか?」

「え……」

この立派な殿方と、二人っきりで、薄暗い夜のお座敷でお酒を飲んで…………!

「い、いくら兎が夜行性だからって、それはお付き合いしかねまーすよー!」

実は、その時の私は職場になじみ切れなくて、ちょっと疲れていました。だから、聞きかじっただけの「アルハラ」とか「セクハラ」とかいう言葉を思い出して、過剰に反応してしまったのです。気付いた時には、後の祭りです。

「そうですか。では、早く帰って体を休めて下さいね」

それでも鬼灯様は、べつだん気を悪くなさった様子もありませんでした。もっとも、無表情にかけては兎といい勝負の鬼神様ですから、本当のところはわかりませんが。

「あ……そういえば」

鬼灯様は事務総務経理現場すべてを統括なさるお方です。当然のことながら、人事も。ひょっとすると、私の配属先は鬼灯様がお決めになったのでしょうか。

そうしているうちに、お香さんや樒さんたち先輩女性獄卒が声をかけて下さるようになって、「雌会」にも出だせていただいて、少しずつ周囲の方々と親しめるようになりました。


思い切って転職して、良かったと思います。今の私は、たくさんの言葉を覚えて、たくさんおしゃべり出来るようになりました。素敵な方々とご一緒に働ける私は、満ち足りています。
 ☆  ☆  ☆
“如飛虫堕処の核弾頭”と呼ばれる特別顧問に就任するまで、あと数年。

おしまい。


〈あとがき〉

バリトンボイスに魅せられてハマりこんだ沼の中、読み手としては白澤×鬼灯なんですが、秀作が多いので自分で書かなくていいでーすよー……って気になっています(笑)

硬派乙女な芥子ちゃんは、公式に「鬼灯様がタイプ」と言っています。異種間オフィスラブ一歩手前でした。
自分では、いつも書いているCPに通じるものがあって、よく似たパターンの話を書いた気もするのですが、読んで下さったお嬢様は、どうか探さないで下さい(苦笑)

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