パラレル〜現役の「彼」がグレルの上司だったら〜

□P
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「おい、レコードを巻き取り終えたぞ」

回収作業が完了するまで数分。いつの間にかしゃがみこんでいるグレルの背中に声をかける。

「はいっ」

凛とした返事はしたものの。

「あ……クラっとする……」

立ち上がりざまに、足元をふらつかせるのも無理はない。あれだけ昂奮してたんだ。アドレナリンやらドーパミンやら、呼気と吸気の配分やらも、狂うだろうさ。

「ほら」

腕を差し出してやると、大人しく両手で掴まってきた。

舞踏会でレディにするみたいな作法だから、きっとこいつは好みだろう。

そのまま体を起こすのを手伝ってやっていると……抱き付くみたいに、しがみ付くみたいに上半身をこすりつけてくる。

ますます、初めてだな。

ますます……悪くない。

俺に抱きついてくるほど、こいつの心の何かに響く魂に出会ったんだろうな。俺は、とうに忘れてしまった新米の感覚で、いろいろ感じるところがあるのだろう。

仕事に楽しみや充実を覚えるのは、良いことだ。残念なことに、そんな気分は俺にとって随分ご無沙汰なのが、残念だ。


やっと、まっすぐ立ち上がって、軽く息を吐いてから、おもむろに口を開く。

「仕事を続けていたら、また今日みたいな魂に出会えますか?」

「ああ……そうだな」

何が「今日みたいな」なのか、今一つわからないが、相槌を打ってやる。と。

「待って、ひょっとして……」

何かに思い至ったのか、グレルがふと動きをとめる。

「あの……」

しばらくしてから、改まった様子で話し出したのは。

「アタシみたいな一介の新米にあてがわれる案件なんて、タカが知れてますよネ……悔しいケド。今日、こんなとびっきりの魂を割り当てられたのは、ひょっとすると、アナタと一緒だから、ですか?」

「ああ……」

それは、少し違っているぞ。うん、一言では説明しきれないくらいに、死神派遣協会は巨大な組織なんだ。それに、今こうしているのは、あくまで新米の研修の一環であって、俺の経歴に見合うほどの案件などあてがわれるはずもなく……そんな事情を口にする前に。

グレルは、掴まっていた俺の腕を離す。軽く息を整えてから直立の姿勢を取って、それから深々と頭を下げる。ピンと伸びた背筋や、胸に添えた手の指の先までも、他者の目を計算して意識されたものだ。こういう、芝居がかった所作の上手い奴だ。

「アナタの指導を受けているおかげで、こんな貴重な任務を経験することができました。教育係殿に感謝いたします」

おやおや……何て初めてづくしの日だ。こんなに素直な感謝を示されるとは。いささか誇張や曲解が混じっているのは、ご愛嬌ということにしておこう。

「アタシ、この仕事してて良かったです! アナタと一緒にコトに当たれて、こんなゴキゲンな仕事を……想定外です! 嬉しいです!」

今日の魂の特別さを知っているのは、グレルだけ。このさまざまな巡り合わせを、こんなに特別なものと思っていることの意味も、グレルにしかわからない。それなら、俺は俺で。

ここは人間界の、大都市の一角の、公道だ。良識を持って、ぽんぽんと背中をたたくくらいにしておこう。

考えてもみろ。誘いを受けているとしか思えない状況だぞ。キラキラとペリドット色の瞳を潤ませて、俺の顔を正面から捉えて。そんなふうに見られたら、視線を外すことなどできないと、わかっているのか? おまけに、俺に最大級の感謝を向けている。ここまでくれば、このまま帰すわけにいくまい。

さて、どうやって人目のないところに誘い込むか……

「そんなに感謝していると言うなら、言葉よりも形で表せ。社会神(ジン)なんだから」

「かたち……ですか? それが社会の常識ですか?」

「社会全体のお約束に従ってやる必要などないさ」

「はぁ……?」

話が飲み込めなくなってきているようだな。教育のしどころだ。

「社会全体じゃなくて、俺に対して、だ。死神界では死神大王の意向が、今のお前が関わっている社会では、その窓口となる、最も身近な俺が、基準だ」

「……ちょっとパワハラみたいな気もしますケド……」

ぶつぶつ言うものの、それでも。

すっとひざまずくと、俺の手をうやうやしく取って、手袋の上から甲に口づける。直接じゃなくて、残念だ。人間の王侯貴族に仕える執事みたいだな。

つくづく、芝居がかった格好の付け方が、こいつには良く似合う。俺よりはるかに年下で、子どもっぽいところを残しているが、たまに引き締まった凛々しさを見せる。飽きない奴だ。

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