お貴族様
□Verbrachte mit der〜貴方と過ごした日々
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]月10日
何日か過ごす間に、自分がするべき仕事に少しずつ慣れてきたフェリシアーノは、少し探検してみることにしました。ローデリヒさんの家は、とても広いのです。西の部屋で夕やけが見えても、東の部屋では朝日が見えるかもしれません。
「何だろ……何か聴こえる」
明るい旋律を追って行くと、ある部屋のドアが開いていて、グランドピアノが見えました。
旋律を妨げてはいけない気がして、そうっと覗き込んだ部屋の中で、それを奏でているのはローデリヒさんでした。
なめらかな指さばきです。リズムに合わせて、黒い髪がサラサラ揺れています。ローデリヒさんの体全体から音楽があふれ出しているかのようです。
お酒と戦いと女の子と魚介類の話しかしないローマじいちゃんと長年すごして来たフェリシアーノが、初めて感じた気品でした。貴族とは、こんな人を言うのでしょう。
「盗み聞きですか」
「うわっ! ご、ごめんなさいぃっっ!」
不意に旋律が途切れて声をかけられたので、飛び上がるほど驚いてしまいます。またしても容赦なく踏みつけられ叱られてしまいそうです。
「そんな所にいないで、きちんと部屋に入って座ってお聞きなさい」
意外にも、続く言葉は穏やかなものでした。
「……座って、いいんですか?」
「音楽はもともと神に捧げるものです。神の前では人は平等であるはずです……なんてね、音楽が好きな気持ちがあるなら、誰もが楽しめば良いのですよ。私たちは、音楽好き同士です」
とても嬉しくなったフェリシアーノは、ぱぁっと笑顔になって、部屋に入ります。
「リクエストはありますか?」
「えっと……僕、まだあんまり題名を覚えてなくて」
「では、ローマ法王の式典のために作られた曲を」
おごそかな宗教音楽も、軽快な舞曲も、ローデリヒさんは巧みに弾きこなします。合間に話もしてくれます。
「ここはアレグロで弾きたいフレーズですね。音楽で使う言葉は、多くがイタリア語です。楽譜の五線譜だってイタリアで生み出されたのですよ」
「ヴェー……」
幼いフェリシアーノには、その意味がすべてわかるわけではありません。わからなくても、音楽は大好きです。ピアノに向かっているローデリヒさんのことも、大好きになりました。
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