□祈
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30XX年、夏。現在、ここ東京は悲惨な状況にある。
 当たり前に汚れた空気、処々に見られる丸坊主の木々、ふと空を見上げると、雲が、あの白くある筈の雲が、黒い。正午近くにならなければ、陽があたらないから、歩道の傍に観賞用に植えられた真っ赤なバラたちもまるで元気が無い。
 教科書などに記載されている東京の写真と今を比較してみると、『間違い探し』というよりむしろ『同一箇所探し』が出来る。その『同一箇所探し』挑戦して、誰もが一番初めに口に出す言葉は、「同じところなんて無いじゃないか」の一言。“車と人であふれているところ”という唯一の正答を出せるものは、ほんの一握り、いや、ほんの一撮みしかいない。しかもその正答者は決まって小学生ほどの子供である。現代の大人は頭が固すぎる。だから何事もうまくいってくれないのだ。
 一歩外へ出ると、大量の排気ガスが容赦なく襲ってくる。どこの蛇口をひねっても、土の混ざったような色の水が出てくる前に、なんともいえない強烈な異臭が鼻に突き刺さってくる。
 こんな場所に未来なんてあるのだろうか。そんな街、東京で、俺、神崎幸介は生まれたのだ。

 俺は、昨日、学校を辞めた。あと、半年経ちさえすれば、晴れて卒業生になるところだったのに。それくらい、俺は我慢できなかったのだ。
 何に我慢ならなかったのか?と訊かれると、正直、回答に困る。方針でもない。先生でもない。校舎でも友達でもない。自分でもなぜか、わからない。兎に角、あの場所に居ると苛々してくる。最近、特にそう思うようになってきていた。
 もうあの場所に行かなくてもいいのかと思うとホッとするのだが、やはり、長く続けてきた事を、終盤まできて放棄してしまった事は、かなり応える。まあ、そんな事は、半月ほどでも経てば、気にならなくなるとは思うのだが。
 学校を辞めて、バイトくらいしかすることがなくなった俺は、現在、母親と二人暮しだ。父親は、俺がまだ記憶に無いくらい小さかった頃、俺の腕の怪我の事で母親と大喧嘩をして離婚したらしい。その怪我、今でも右腕に10センチ程の傷跡として残っている。母親はその怪我の原因を教えてくれない。訊こうとすると決まって、「今忙しいから。」とか「そんな事より勉強しなさい。」とか言って誤魔化される。
 母親には俺への愛情が感じられない。俺が、「学校を辞める」と伝えたときも、「ふーん。好きにすれば?」と、いかにもどうでも良さげな表情で、何の疑問も持たず、無関心さ全開であった。アレは本当に母親なのか?とすら思えてくる。

 数日後から、学校の分、バイトの時間が増えた。俺のバイト先は、割と有名な洋風レストラン。昼になると必ず行列が出来る。レストランから外へ出るとすぐに大きな通りがある。そこを見渡す限り、俺のレストランより人気な店は無く見える。
 そんなレストランでも最近人不足が深刻なようだ。どうも若い人が集まらないらしく、俺の周りは年配の、しかも女性ばかりである。勿論、シェフは他と変わりは無いのだが。その女性(おばさん)達がまた質悪く、仕事が終わると必ず店の前に屯し、変な噂話(内容はほとんど身近な人間の話である)を始める。昨日の話のネタは俺だったらしい。休憩中、一人が俺に話しかけてきた。
「ねぇ、神崎君、あなた学校を辞めたって聞いたけど本当なの?」
「えっ・・・、あ、はい。そうですけど・・・。」
「最近の若い子は本当、だめねえ。なんでもすぐ途中で投げ出すんだから・・・。このバイトはいつまで続くのかしらねえ。」
そういうと、同じ休憩中の仲間のところへ向かって行った。大人はすぐ、子供を批判する。俺はバイトを続ける気までも失ってしまった。
 俺が辞めたらどうなるのだろう。自分で言うのもなんだが、俺は結構、若い、女性の客に人気があった。その人たちは、皆、食事が終わると俺のところへやってきて、「ね、明日は出勤する日?」とか言っていく。成人してないのは俺だけだし、男自体少ない。・・・俺が居なければその半分は来なくなるんじゃないか。当然その分儲からなくなるし、おばさん達も余計に働く事になる。いい気味だ。思い切って辞めてやろうか。ちょうどやる気もなくされたし。続ける勇気より、辞める勇気のほうが、ある。でもここでバイトまでも辞めてしまったら、本当にやることがなくなってしまう。フリーター以下の人間にはなりたくない。がんばりたくはないけれど、もうひとがんばりしてみようか。
 そんな事を考えているうちに、休憩時間は終わってしまった。
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