リヴァハン

□オニオンな君へ
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「うおおおおっ」


休日、すっかり日が昇った頃…。
毎日欠かさない部屋の掃除をしていると、ベッドの下からはみ出ていた黒い何かを摘まみ、それが何かわかった途端、俺はそれを床に叩きつけた。


「くそ…っなんでこんなもんがここに…!」


そういえば数日前、ハンジのヤツが『私のパンツ知らない〜?』とか聞いてきていたな…
燃え過ぎて自分で脱いでどっかに投げたんだから、俺に所在を聞くのは間違っている。

……俺とハンジはいわゆる…そういう関係だ。
仕事上の上司と部下以上…だが恋人ではない、そんな糖度は持ち合わせていない関係だ。
お互いがヤリたい時に示し合わせて身体を共有する…。

その情事は大体俺のこの部屋のベッドで行われ、ハンジも自分のクソきたねぇ部屋を使うよりずっといいと思うのかセックス無しでもよくここを訪れた。
お喋りなあいつの口がペラペラとよく回るものだなとある意味感心してその百面相を眺めるのは正直、悪くはないと思った。

けど……相手はあの、ハンジだ。
戦闘技術もさることながら頭脳、巨人に関する知識など…調査兵団になくてはならない存在…。
だが私生活はと言えば…どうしようもない、最早取り返しのつかない干物女なんだ。
そんなヤツとどうしてこうなったのかというと下らな過ぎて今更話す気にもならない。

料理・洗濯・掃除はできねぇ、おまけに寝相も悪けりゃイビキもかきやがる……。
呑気に寝息を立てるアイツの寝首を掻いてやろうかと何度思ったことか…
それでも、そのバカ面を見るたびに企みを起こす気力は削がれ、大人しく俺は床に就いていた…。
お陰で毎日寝不足。

しかし、昨夜は久々に快眠だった。
何故なら昨夜はハンジが俺の部屋に来なかったからだ。
珍しいこともあるものだと思ったが、ここ最近はほぼ毎晩セックスしまくってたのもあり、ヤツの精力も限界が訪れたのかもと思えば無理に誘おうとは思わなかった。
それに連日のセックスのせいで危うく替えのシーツが無くなる所だったので丁度良かった。
このデカイものを毎晩ひっそりと洗濯するのはひどく手間がかかる。

………ついでだ、今シーツを干すのと一緒にコイツも洗っといてやるか…
俺はゴム手袋を装着すると洗面台の石鹸でそれを洗った。
それにしてもハンジのくせに黒のショーツとは…なかなかそそる趣味をしてやがるじゃねぇかと思ったのは俺だけの秘密だ。
洗ったらシーツを干している屋上にこっそりと掛けて…そのまま放置してやろう。
気づいたらテメェで処理しろと言えばそれで……


(コンコンッ)


その時部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「誰だ?」

「おはようございます、ペトラです」

「ペトラか……入れ」


俺はゴム手袋を付けたまま出入り口の方へ顔を覗かせた。

(ガチャッ)

「はっ!失礼します。兵長…あと10分で定例会のお時間です」

定例会…それは月に一度、兵団内で班長以上の者が出席する報告会のようなものだ。
それぞれの兵団によって内容は大きく異なるが、調査兵団においては日頃の研究成果や調査結果から基づく論文の進捗状況、次回壁外調査の告知と概要説明等…最近で言うなら全兵団合同演習の反省も議題に挙げられる。
一応、兵士長という要職に就く俺や新しく分隊長に就任したハンジも参加を義務付けられている。


「ん?もうそんな時間か…」


まさか他人の下着を洗ってて忘れていた、だなんて言えるはずが無く、かといって説明する理由もなかったのでそのまま濁した。


「はい。あ…お洗濯かお掃除の最中でしたか?宜しければ私がやらせて頂きま…」

「いい、大丈夫だ。残りは帰ったら自分でやる」


ペトラの申し出は正直言って有難かった。
だが今日はハンジのバカのショーツもあるのだし、それまでペトラに洗わせるのはあまり気が乗らない。
…第一、男の俺が女物の下着を所持し洗っているのは……どう考えても変だろう。
変態と間違われるなんて死んでも御免だ。
仮にこれがハンジのだと察したとして、女性兵士の中でも純粋な性格のペトラに大人の小汚い関係を目の当たりにさせるのは気の毒だと思ったことも理由の一つではある。
眉をハの字にさせて肩を落とすペトラには悪いが即答で断った。


「そう、ですか…わかりました。ではここに資料置いておきますね…場所は第二から第一会議室に変更だそうです」

「そうか…わかった、ありがとう」

「いえ!では失礼しました…っ」


ペトラなりに勇気を出して言ったのだろうか…今にも泣き出しそうな顔で部屋を出てく姿には流石の俺も心底申し訳ねぇと思った。
…丁度いい、定例会があるならそのままコイツをあのクソメガネに突き付けてやりゃあいいんだ。
濡れていようがいまいが関係ない。

洗う事は洗ったんだ、あとはテメェでなんとかしやがれ!

……そう言えば済む話だ。
そいつをよく絞るとゴム手袋を外し、しばし考えてからやむを得ず上着のポケットにそれを仕舞った。
多少濡れるのは仕方ない…何のカムフラージュも無しにこれを片手にぶら下げる方がよっぽどアホらしい、と鼻で笑った。

俺はペトラが置いていった資料を持って部屋を後にした。







***


「…?」

定例会のある第一会議室に俺が着いた時には殆どの者が振り分けられたそれぞれの席に座って他の奴らと談笑していた。
だがその中に俺の探していた奇行種の姿が見当たらない。
時計を見れば、会議開始まであと2分を切っていた。

まだ来ないということは…まさか寝坊?
それか場所が変更になったことを知らないんじゃ…


「リヴァイ?」

「!」


あいつが定例会に遅刻するのは1度や2度じゃない。
身の回りのことはおろか、時間にもルーズなところは見ていてイライラする。
面倒だが…俺がアイツを呼びに行こうと会議室の出入り口で踵を返すと丁度目の前にエルヴィンが立っていた。


「どうした?もう会議がはじまるぞ?皆…揃ってるようだしな」


エルヴィンは俺より2,3歩前前に進むと会議室の中を見渡してそう言った。
長い付き合いのエルヴィンならば気付かないはずのないことへの言及が皆無だったことに俺は思わず眉を顰めた。


「オイ、エルヴィンどこ見てやがる?クソメガネがまだ来てねぇぞ」

「ああ…ハンジはいいんだ。」


エルヴィンは間髪いれずにそう答えた。


「いい…って、どういう意味だ?」

「ハンジは今、エルミハ区で極秘任務に就いている。今日の会議の内容はあとで私から伝えるから…」

「極秘任務だと…?それは俺にも言えないようなものなのか…?」


ハンジからそんな任務があることなど一言も聞いていない。
俺にすら話せない事だと…?そこまで人類存亡に関わる重大な任務だというのか?
考えれば考える程ネガティブな事しか思いつかない。

深刻な顔つきになってるだろう俺とは裏腹に、エルヴィンは上品にもくすくすと笑ってやがる。
…なんだ?なにが可笑しい??


「違うよ。…上の命令でな、…将来エリートコース決定の内地在住の憲兵団員と見合いをすることになったんだ。それが今日なんだよ」


俺は自分の耳を疑った。


「あぁ?見合いだぁ?んな悠長な事言ってる場合かよ。上の連中は何を考えてやがるんだ…?」

「リヴァイ、今この人類存亡の危機において…子孫繁栄はなによりも重要なことだと私は思うが?」


俺の口の悪さをよく知るエルヴィンならば苦笑混じりに『まぁそう言うな』とか言いそうだと思っていたが予想に反して野郎は理屈で返して来やがった。
確かに、エルヴィンの言い分も分かる…分かる、が………


「…それで、よりにもよって何でハンジみたいな干物女にお鉢が回って来たんだ?あいつ以外にも女はいるだろうが…調査兵団に限らず駐屯兵団にも、それこそ憲兵団にもだ」

料理・洗濯・掃除のできねぇイビキがうるさい寝相の悪い女の風上にも置けない奴にそんなボンボンの"奥様"が務まるとは到底思えねぇ…。
そういう現実的な問題と、胃の底からぐりぐりと何か擦るような気持ちの悪い感覚に俺のイライラは募った。


「なんだリヴァイ…お前はこの見合いに反対なのか?」


エルヴィンの言葉には不覚にも戸惑った。
反対…?
反対する理由など……俺には、ない。


「………いや」

「それとも日頃よく耳にする『兵長の部屋から分隊長が出て来た』という噂に関係するのか?」

「……」

「お前は……ハンジと付き合っているのか?」


頭を抱えたくなった。眩暈を起こしそうな気さえする。


『付き合ってはいないが、身体の付き合いはある。』


なんてバカ正直に答えたりはしなかった。
俺に似合わず少しだけ口ごもると顔を逸らして吐き捨てた。



「……誰があんな…クソ干物女と…」

「…そうか…なら問題ないな。おっと時間だ…席に着こう」

「…ああ」



そうだ、あんなヤツ見合いしようが結婚しようが、俺には関係ない。
セックスするきっかけになったのも酒の勢いと偶然目の前に居たのがハンジで、ハンジも自分の欲求不満をどうにか解消する為に俺を利用しただけだ。
お互いの利害が一致し、それを未だに続けている。
ただ、それだけだ……。

それだけ……の、はずなのに…
なんなんだ?この苛立ちは……っくそ!



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