恋の歌を詠みませう。

□_撫子
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■撫子


 どうもコイツは、タイムスリップしてきたらしい。

 仕方ないので私の家に連れてきたが……何もかもに驚くばかり。家に着くまでに車と出会えば、箱が動いていると腰を抜かす。
私の家でシャワーを浴びさせようとすれば、使い方が分からない。というよりこれは何だと私に尋ねる。さすがに私がシャワーを手伝うわけにもいかないので、使用人に任せたが……。

 とにかく俊平の表情をうかがうと、見るもの全てが珍しそうだった。

 シャワーも知らない、車を見て驚く。イコール、それはタイムスリップしてきたのではないかと繋がった。タイムスリップしてきたのなら、この妙な服も、現代の知識が無い点も、説明がつく。


「アンタ……どこから来た?」


 訊くと彼は少しの間のあと、「……平安京です」と答えた。

 嘘を吐いているようには見えないし……でもタイムスリップなんて現実には有り得ないことだし。私の低スペックな脳が混乱してきた。


「撫子……殿、と申されましたね。ここは一体どこなのでしょうか。京へと帰りたいのですが……」


 湯上り俊平はベッドの上に腰掛け、私に問いかける。私は手短に、ここは千年以上あとの日本だと説明した。
驚き、嘆き、さまざまな表情を見せた俊平。しかし何故か安心したようで、穏やかな顔で溜息を吐いた。


「私はてっきり、浄土へ来たのかと……」


 トンチンカンなことを言う奴だ。物分りは良い奴なんだけど。


「ここは千年もあとの日本。考えつきませんが……貴女が仰るなら、そうなのでしょう……」

「アンタがこっちに来た方法で、平安京に戻れるかもね。どーゆー方法で来たの?」


 淹れた日本茶を俊平に渡して、私は隣に座る。


「池に……落ちたのです」


 俊平は恥ずかしそうに答えた。だから着物……というか狩衣が濡れていたわけか。
狩衣は今洗濯して乾してある。

 つか何で池に落ちるんだよ。そして何故池に落ちたくらいで現代日本へ跳ばされてしまったのか。普通跳ばされるんだったら京都にでしょ、平安京のあった。


「もう一回、落ちてみる?」

「溺れるのはこりごりです。絶対に拒否します」


 そりゃ流石に無理か。
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