宇宙の法則

□訪問者のタンタシオン
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これからどうするのかと何気なく、また流れに身を任せるようにした質問に、なまえは絶望した。見るに忍びない絶望っぷりだ。軽々しく口にする内容ではなかったか。カラン、と力なく落としたフォークが余りにも痛々しかったため、ここにしばらく住んでもいいぞと提案した。
……えっ。えっ?

提案しつつ、自分自身でも、目の前のなまえと同じように驚いた。しかし、そう言わずには居られなかったと言うのもまた事実だ。言った後、しばらく沈黙が流れる。救いの手をさしのべておきながら前言撤回と手を引っ込めるなんて非道なこと今更出来るはずもないし、まあ、人が一人増えるくらいどうってことない。
だから自分の発言を訂正したりはせずにいた。だからってべべべべべ別に一人でも平気なんだからな。ただ単に、情けを掛けてやっただけで……俺は本当に、どっちでもいいんだからな!
なまえはしばらく彫刻のように動かなくなった後、見る見るうちに華やいだ表情になっていった。本当ですか、とドギマギしながら何度も確認してきたのですべてにうなずいていると、涙ながらにお礼を言ってきた。あまりにも素直に喜ぶので、慣れない感覚に少し戸惑った。ちょっとううう嬉しかったとか、照れるとか、そんなんじゃねーからなばかぁ!
なまえはかくまってもらう上にタダで居座るのは悪いから、家事のお手伝いをさせてくれと言った。掃除洗濯料理、なんでもおしつけてかまわない、また、お望みなら何でも致しますと、忠実に主に使えますと、そう言った。そんなにかしこまらなくて良いと宥めつつ、おいしいとかそんなこと断じて思っていないからな。早速皿洗いをすると意気込んだなまえが、その過程で皿を割っていた。幸先不安である。

一生懸命皿を洗うなまえの姿を、頬杖をついてふわふわと眺めていると
「よー!イギリスー!」
と嫌な声がした。せっかく人が和んでいたというのに、一気に夢から覚めた気分になる。
そこで、ハッとした。
……まずい。いたいけな少女にワイシャツのみを着せている姿を見られたとなると、絶対勘違いされる。変態扱いされるに違いない。冷や汗が流れ落ちるよりも早く、瞬時に勢いよく開きかけたドアを押さえつけた。フランスは勢いよくおでこを強打したらしいが、しるか。これは仕方のない犠牲なのだざまぁみろ!……にしても、やけに大人しい。ドアの向こうで倒れているのか?そっと扉を開けてみた。……誰もいない。帰ったのか?いや、そんなはずは……
「もーひどいじゃない!」
ほら、やっぱり帰ってな―――って、え?

声がした方向へと勢いよく目を向けると、そこには、にゅっと窓から進入するフランシスの姿があった。おま、どこから入ってんだよ!と言い終えるよりも早く、いいじゃないのとソファーへ腰を下ろしている。いいわけねーだろバカ!
そのとき、扉が閉まる音がした。……なまえだ。フランスがん?と振り向きかけたので、あー!と叫びながら、バチン!と両頬を新聞で挟み込んだ。顔面を新聞で包まれたフランスは、なにすんだと手を外そうとした。なまえはきっとトイレかどっかへ行ったのだろう。戻ってこないようにと伝えたいが、変に接触してはフランシスになまえの存在がバレてしまう。

とは言え、このままの状況が続いても何か隠してるな?と怪しまれるので、なまえが戻ってこないことを祈りながら大人しく手を離した。

「いきなり何すんだ!?」
「うるせー虫がいたんだよ」
「嘘だね!絶対息の根を止めるほどの強さだったもの!」
「……何かむしゃくしゃしてたんだよ!」
「そんな理由!?」

やだこの子すさんでるわ!とわめくフランスを無視して、何しに来たのかと聞いた。フランシスはそうそう!と話し始める。フン、何とか上手く誤魔化せたようだ。

「それがさぁ、このみょうちくりんな地になまえとか言う女がいるそうじゃねーか!」

ブーッ!と吐いた。そして思いっきりむせた。紅茶を口に含んでいたら紳士にあるまじき大惨事になっていたに違いない。

「な、お、おい!何だそれ……!」
「あれ?知らねーの?実はさ、昨日俺の美しい家に妙な男が来てさ」
「妙な、男……?」
「これがなかなか美形なのよ!」

……。

「痛いっ!ぶつことないじゃない!!」
「いいから続けろ!」
「なんかなまえとか言う女の子を探しているんだと。んで、その子イギリスにいるっぽいとか言ってた。見つけてくれたらどんなお礼でもしてくれるんだってさ!」

なんだ、それは。やはりなまえは、誰かに追われている身で間違いないらしい。もしかすると、本当に宇宙警―――いや、それはないと思うが……
黙りこくって眉間に皺をよせる俺を見て、フランスが小首を傾げる。……んだよ可愛くねーんだよこっち見んな。

「はっはーん、お前、何か知ってるな?」
「……知らねぇよ」





「さっさと渡しちまえばいいのに!どんな願いも叶うんだぜ?」





軽々しい口調が頭にきて、思いっきり歯を食いしばった。

「っそんなこと出来るかよ!!」
「ほぅら、やっぱり知ってた」
「……っ!」

思いっきりにらんだ俺を、フランスはしたり顔でニヤついた。つまりあの発言は罠だったのだ。
虚を突かれて狼狽えた俺は、上手く動けないでいた。

「それでさー、その子ってこの子にそっくりなのよねー!」
「なっ」

フランスが残像を残したかと思うと、次の瞬間にはなまえを連れていた。
しかも膝に乗せている。

「上手く誤魔化せてるとでも?お兄さんの女の子センサーなめんなよ?」
「おま、いつの間に!!」
「こんにちは、可愛い子猫ちゃん?」

フランスはそっとなまえの顎に手を添えるとクイッと持ち上げ、ニコリと微笑んだ。
空いた方の手でさり気なく太ももを撫でている。なまえは切れ切れに言葉を吐いては震えていた。目はグルグルと渦を巻いており、うっすら涙を―――って、

「触んな!怯えてんじゃねーか!」

バッと勢いよくなまえの肩に手を置いてを奪った。フランスはちぇーっと口をすぼめている。ちぇじゃねーよ!……まったくもう……

「それにしてもそれは、イギリスの趣味なの?」
「あ?」

うっすらと卑しい笑みを浮かべながら指を指していたので、その指先を辿る。たどり着くのは当然、なまえで、しかも、ワイシャツ一枚の……

「ちっげーよばか!!」
「へー?いい趣味だね?やらしー」
「だっからちげーって!しかたねぇだろ!?服がなかったんだ!」
「あってもそれ着せる癖にっ」

パチン、とウィンクしたフランシスをボコボコにしました。

***

「へー、すると何?なまえちゃんは未来の宇宙から来たの?」

コクリ、と頷いたなまえをフランスは困ったような顔で頭を撫でた。触ってんじゃねーよ。

「でもねなまえちゃん、この世には仕組みと言うものがあって――」








「世の仕組みなんて、造った人が悪いと思う!」







力強くとんでもないことを言いだしたなまえに、フランシスと共に紅茶を吹いた。
なんてまっすぐな目なんだ。

「……この子凄い事言っちゃってるよ!?」

フランスが片手でなまえを指さし、もう片方の手で俺を揺さぶりながら訴えてきた。大丈夫だ、俺だって同じ気持ちだ。なまえは構わず腕を組むと、自分の言葉にウンウンと頷いた。

「仕組みがない事っていっぱいあると思う!美しさとか!」
「それはわかるよ!!」
「……本当かよ」

拳を握って言ったなまえに、フランスがバチーン!と机を叩いた。
感化されたって言うかテンション上がったフランシスに、思わず呆れた視線を送る。

「お兄さんの美しさとか、ねっ☆」

……何だその親指は。折れってか?
イラッとすんだよ。

「あと、ごはんの美味しさとか」
「それすっげーわかる!!」
「ホントかよ……」

ガチャーン!とカップを置いた俺に、フランシスが呆れた視線を送ってきた。

「俺ん家のごはんとかな!」
「「いやそれはちょっとわかんないです……」」
「んだと!?」

そこは同意しろよあと急に敬語になるの止めろそしてフランスハモってんじゃねーよばかぁ!
っていうかなまえ俺の料理食べてたじゃねーか!不満だったのか?実は不満だったのか!?
スコーンを残したのはやはり意図的だったのか!?

「え゙、なまえちゃんまさか……イギリスの飯食ったの?」
「?はい、だって……」

ニコリと、なまえが笑った。

「食べないと、死ぬから……(空腹的な意味で)」

その笑顔を見たフランスが、固まった。
そしてワナワナと震えたかと思うと、急に胸ぐらを掴んできた。

「おまっ!いたいけな少女に何強制してんだよ!!」
「はぁ!?別に強制してな―――」
「どうせ食べても死ぬだろ!?」
「それどういう意味だコラァ!」

「なまえちゃんお兄さんの家においでっ!むしろ住みな!」
「てめっ!?何勝手に――」
「美味しいごはんや甘ーいスイーツが待ってるよ!」
「餌付けしてんじゃねーよ!」
「甘い……?」
「コラそこっ!よだれ垂らすな!!」


   

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