宇宙の法則

□宇宙から来たアウトロー
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その女は異様だった。
なぜなら、自分は遙か未来の宇宙から来たのだという。
そして、宇宙警察に追われている今
かくまって欲しいとのことである。

イカレている。頭のねじがぶっ飛んでいる。そもそもネジがないのか。
上から下まで呆れた目線で眺めてみた。シンプルなワンピ―スを着た、平凡な少女である。
常軌を逸した発言に、真面目に取り合うのもばかばかしいと思いつつ、証拠を見せてみろ、と言ってみた。
すると禁則事項な上、無一文ため残念ながら証拠は何もみせられないと言った。悔しそうな顔だ。本気で残念そうな顔だ。
ますます怪しい。怪しい以前に馬鹿馬鹿しい。
と思いつつも、なんとなく家に入れてしまった。
平凡なただの少女と変わりないが、異質な雰囲気だけは本物だったからである。

見るとお腹を空かせているようだったので、適当にパンやハムを与えてみた。いい食いっぷりである。あまりにもおいしそうに頬張るので、ついついソーセージも追加してしまった。ただスコーンだけは手につけようとしなかった。何だ。何か文句があるのか。

幸せそうなその表情を、目の前の席で頬杖をついて眺めつつ、名前を問うてみた。すると彼女は、うーんと宙を眺めた後たった一言「なまえ」と言った。名字はないのかと聞けば、こちらへ転移するときのショックで、記憶が曖昧なのだと答えた。ものすごく長い名前だった気がするらしい。

きっと偽名なのではないかと思う。すべてが胡散臭いし、思い出しているふりをして、実は適当に偽名を考えていただけなのではないかと、そう推測してみた。第一転移する際のショックって何だ。どこまで完璧な設定の遊びを続けるつもりだ。

―――まあ、いいだろう。
とりあえず朝が来るのを待とう。
うとうとと器用にまどろみ始めた少女を眺めつつ、そんなことを思った。

***

もう起きたのか、もしくは昨日のあれはただの夢幻だったのか、とりあえず客人用の部屋へと確認しに行ってみると、なまえはベッドにいなかった。バサリ、と一応シーツを捲ってみても、いない。
やはり夢だったのかもしれない。きっと疲れていたのだろう。故に、妙にリアルな夢を見たのだ。……まあ、悪くない夢だったけれど。
さあ、朝食の支度をしようと踵を返す前に、ふとベッドの下に目をやると、そこに挟まるように寝ていたなまえがいた。寝相が悪いのか、器用なのか、反応に困る。うなされていたので起こしてやり、着替えを渡した。この着替えというのは無論自分と同じものだ。

本当は別の物を渡すつもりだった。別の物とは、昔アルフレッドがまだ幼い頃に着ていたもののことだ。男物ではあるけれど、子供用サイズなので着れないことはないだろうし、大きすぎるよりはいいだろう。なまえもまた、小さいのだ。
妙案だとは思いつつ、クローゼットをあけるのにはしばし逡巡した。懐かしい思い出や古傷がフツフツとこみ上げてくるからだ。感傷的になる前に、さっさと服をとることに専念しよう、そう思ったがそれは叶わず、結局何もせずにその部屋を後にした。
とはいえ、なまえのあんなお出迎えの姿を見ると、そんな憂鬱な思考を切り替えられずにいられなかった。誰もがきっと、そうなるに違いない。ベッドの下に挟まる客人など、まあそういないであろう。

目の前でいきなり着替え始めようとしたなまえをあわてて制し、部屋を出た。きょとんとした顔でごめんごめんと謝るなまえは、きっと何がごめんなのかわかっていないに違いない。そうでなければ、頭上に浮いているクエスチョンマークをさっさと消したはずだからだ。一応俺だって男なのだ。恥じらいを持ってほしいものである。

のんきな声で着替え終えたことを知らせたので、咳払いをした後部屋へ入った。するとそこには両手を広げ、余った裾を遊ばせるなまえが居た。予測済みではあったものの、やはりブカブカだ。ズボンに至ってはストン、と落ちてしまうらしい。少女は小さい上に華奢なのだ。そういえば、彼女の歳はいくつなのだろう?大体予測はつくものの、一応聞いてみた。
彼女は17以上なるのだと言う。曖昧な記憶ではあるが、取りあえず17歳以上なのは間違いないらしい。大層驚いた。予想では、15、16歳前後だと思っていたからだ。改めて、少女を見た。程よくぱっちりとした目が特徴的で、小鼻や唇がかわいらしい。髭野郎の家のお人形みたいだと、そう思った。

それにしても、困った。これでは年頃の娘と一つ屋根の下、ということになってしまう。そもそも、どうしてこんなことになったんだ?そうか、宇宙警察に追われているのか。今更ながら、宇宙警察って何だよ。こういうやつのことを、菊の家ではたしか電波と呼ぶらしい。なぜ電波と命名されたのかはよく分からない。
それにしても……まずは服をどうにかしないとな。ワイシャツ一つでうろつかれるのは、その、なんて言うか……。
それに、今誰か客人が来たら、俺は絶対変態変質者だと思われてしまう。髭野郎やアメリカなんかに見られたら最悪だ。……最悪だ。想像しただけで悪寒がする。でも、まあ取りあえず朝食にするとしよう。
出来るだけなまえの首から下へ目を向けないように、朝食へと案内した。

朝食に出された手作り料理を、なまえはとくに顔色を変えることなく完食した。
手料理を客人に食べさせた際、たいてい相手は泡を吹いたり白目をむいたり、卒倒したりする。何故そうなるのかは疑問だが、なまえはそんな反応を示さない。俺は料理の腕が上がったようだ。相変わらずハムをおいしそうに食べる。そうか、こいつの好物はハムなのか。

この地球に何をしにきたのかと聞いてみた。すると、『会いたい何か』があるのだと言った。会いたい何か?と意外な(というより、こいつの言動に予測もへったくれもないけれど)回答に首を傾げれば、「けれどもそれが何なのかは忘れてしまったのだ」という。

それは人なのか、物なのか、景色なのか、言葉なのか、何一つわからないのだそうだ。

またこれも転移の際のショックというやつなのだろうか。都合良いな、そのショック。と思いつつも、でも本当にあったんです!と必死に訴える彼女の言葉が嘘だとは断言できなかった。しかしはいそうですか、とすぐさま納得するのもどうかと思い、一応、疑ってみることにした。疑う気になれないのは、情に訴えるのが上手いだけなのかもしれないとか、頭の中が本気でファンタジ―なのかもしれないとか。しかし、どうもしっくりこない。もしかするとなまえの話は、真実なのか……?報酬を得るために何かを企んでいるだとか、打算的な感じは受けない。そもそもこんな嘘をついたとしても何の得にもならない。

まあ、一種の謎だと言うことで流しておこう。
どちらにせよ、疑う気は不思議としなかった。

  

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