白衣の帝王たんぺん

□ねぼすけ
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俺の隣の席に座るこのなまえとかいう奴は、なかなか面白そうな奴だ。ただ、それと同時に困った奴でもある。というのも、彼女は……


よく寝る。



羅列された文字を目で追うのも飽きて、ふと横を見てみる。

「ではこの問題を……」

そこまで言って、先生は教科書から目を離した。ただでさえ吊り上った眉をさらに吊り上げ、鋭い視線が一点に定まった。眉間に皺が寄った、その視線の先には……

「(やべっ)」

―――なまえだ。

そこにはペンを片手に鼻ちょうちんを膨らましているなまえが居た。
机に両肘を乗せ、斜め60度に傾いたまま一切動かない。ずぴー。
……なんて幸せそうな顔なんだ。
リーマスもジェームズも、なまえよりも前の席に座っているため、この横顔を眺める事が出来るのは、俺だけの特権だったりする。普段なら、思わず頬が緩んでいただろう。
……が、この状況はまずい。頬が引き攣った。


「(おい、起きろ。おい!)」

小声で警告してみても、全く起きない。
先生の表情がいっそう険悪になる。ああもう限界だ、そう悟った時―――

「なまえ。あなたに答えてもらいましょう。」

……あーあ、やっぱりな。
大きめの声で、先生が言った。喝を入れたつもりなのだろう。けれどもなかなか返事もなければ動かないなまえに、チラチラとクラスの奴らも振り返る。ジェームズはずっと前を向いたままだ。きっと先生の表情を盗み見ているのだろう。
リーマスも気づいたのか、引き攣った表情でなまえに呼びかけている。

「(おい、)」

そっと肩をゆすってみたが、当然のごとく起きない。ペンでつついてみても、足を踏んでみても――――起きない。

先生はメガネをクイ、と押し上げ、踵を鳴らしながら近づいてきた。リーマスは早く気付いてくれと、祈るように視線を寄越している。

「まったく、授業中に居眠りとは何事です!」
「すぴー」
「……」

おい、俺には先生の血管が切れる音が聞こえたぞ。
リーマスはもう居ても立っても居られないと言った様子で、なまえを見つめている。
先生は仕方ない、とでも言いたげにため息を吐くと―――

スパン!

叩いた。
なまえはその反動で、上半身を80度まで起こした。
……が、起きない。


先生は虚を突かれたように一瞬威勢を失うと、試しにもう一度叩いた。しかし起きない。
思わずリーマスに視線を投げかけてみると、信じられないと言った様子で横に首を振った。同意の意味を込めて、頷いてみせた。
先生はいよいよ叩くのをやめ、困惑したような呆れたような顔で「起きなさい」と肩をゆすった。ジェームズはその様子を見ながら、ニヤニヤとしていた。
それでも起きないなまえについには異物を見るような目で眺めた。「このクラスに分けの解らんもんが混ざってる」とでも言いたげに。
そして咳払いをすると「……後で職員室へ来てもらいます」と残して前を向いた。
きっと何をしても起きず、幸せそうに眠るなまえを見ているうちに、怒る方が馬鹿らしくなったのだろう。
先生が踵を返した事を機に一斉にクラスメイトも前を向く。

そしてまた、つまらない授業の再開―――
けれども、異質な空気はいまだ微かに残ったまま


***

R「なまえ、後で職員室に来いだってよ」

ふああ、とあくびをしたなまえにリーマスが話しかけた。
なまえは「へえー」と呟いた後、え!?と勢いよく聞き返した。本気で驚いている。
ジェームズはその様子を見て、あはは、と笑った。

N「え?え……なんで!?」
J「なまえの居眠りの所為だよ」
S「それにしてもお前、すっげーな。何で起きなかったんだ?」

聞けばなまえは、ピンとこない表情で首を傾げた。

N「何でって……起こされなかったから?」
R「起こしてたよ。全力で」
N「全力!?」

ガタン、となまえが机で脚を打った。

S「まさか、気付いてなかったのか?」
N「全然!」
S「お前なぁ……」

清い程に断言したなまえに、リーマスがクスクスと笑った。

J「いやぁ、それにしても愉快だね!あんな狼狽える姿初めて見た」

ジェームズは椅子に前後逆に座り直し、背もたれに頬杖を付きながら悪戯っぽく笑った。
そう言えば、終始ジェームズはニヤニヤしてたな。

N「愉快?」
J「僕はあの教師が嫌いだからね」
R「……悪趣味だなぁ」

リーマスは呆れたように呟いた。

J「それにしても勉強になったよ。あんな黙らせ方もあるなんてね」
S「あぁ……確かに。」

首を傾げたなまえに、ジェームズが咳払いをして人差し指を立てると、大儀そうに口を開く。

J「全力で虚を突き、威勢を通り越して呆れさせる。血を流さず一切の暴力もなければ体力もいらない。君はすごいよ」
N「いや、褒められてんの?それ」

えらいえらいと頭を撫でるジェームズに、なまえはひたすらクエスチョンマークを浮かべていた。

R「それにしてもなまえは、凄い睡眠力だねー」
J「うーん。ってことは、一回眠ると何をされてもなかなか起きないのか……」
S「………………」
R「……シリウス今ヘンなこと考えたでしょ」
S「な!?か、考えてねーよ!」
N「?変なことって?」
R「それはね、」
S「だーもう!考えてねーって!!」

リーマスは俺を何だと思ってんだ!?
いや、「何をされてもなかなか起きない」って言葉は確かに脳内リピートしたけど。何度か脳内リピートして……いやいやいや!何も考えてねーからな!

N「うぅー……呼び出しって何されるんだろ……」
J「それは放課後強制掃除とか、宿題増やされたりとかだろうね」
N「え゙」
R「流石慣れてる」

絶望したのかなまえは理不尽だ!と言った。
正直何が理不尽なのかは解らない。

N「だって知らない間に怒られてて知らない間に呼び出しでしょ!?」
S「その意見がまかり通るかは微妙だぞ」
N「嫌だぁ……!こんな世の中間違ってるっ」

「新世界の神は居ないのか!」と良く解らない泣き言を言いながらなまえは勢いよく机に突っ伏した。リーマスはそんななまえを苦笑しながら見下ろしていた。……あれ?苦笑って言うか……何か楽しそうじゃね?

なまえは嫌だ嫌だーと呟いていたが、やがてピタリと止まった(……?)
そしてムクリと顔を上げると、ゆっくりとこちらに顔を向ける。目は半分しか開かれておらず、表情に影が出来ている。ゆらゆらと何やら怪しげな、黒いオーラが揺れている。そして口元がゆっくりと弧を描きニィと不敵に笑った。

N「……私気付いたんだよね……」
S「気付いたってな―――ぅお!?」

突然肩を捕まれたかと思うと、なまえに引き寄せられた。

N「私、シリウスも同罪だと思うんだ!」
S「は!?」
N「私の隣の席でありながら、一切起こしてくれなかったのは罪だと思います!」
S「はぁ!?何言って―――」
R「同感でーす」
S「リーマス!?」

わー、と拍手をしながらにこやかに言ったリーマスに、なまえはありがとうありがとう、と記者会見でインタビューを受けた人みたいに両手を振った。
いや、ありがとうじゃねーよ!!

N「という事でシリウス、君も付いて着てねっていうかもし課題増えたら手伝ってね」
S「おま何言って」
N「っていう権限をあげるよ」
S「綺麗に言おうとしても俺損しかしてねぇし!」
J「なんなら俺が手伝うぞ」
S「え」
J「僕はなまえにとっての―――頼れるナイスガイなお兄ちゃん的存在でありたいからねっ」
R「ナイスガイって言葉がナイスガイだよ」
S「ていうかどこ見て行ってんだよ。そこにカメラでもあんのか。」

突然左側へ60度首を傾け20度ほど顔を上に向けて親指を立てたジェームズに、思わず言ってしまった。それにしても清々しい程に引き締まった表情だったな。

R「でも、本当に困ったら、手伝ってあげるよ。解らないことがあったら言ってね?」
N「リーマス……!」

優しく微笑んだリーマスに、なまえは胸の前で手を組みながら息を吸った。感動のあまり瞳が潤んでいる。
……ちょっとまて。なんだこのいい感じの雰囲気は。

S「おい、なまえ。」

呼びかければ、ん?とこちらを向いた。目が合って、心臓が跳ねた。

「その……なんだったらお俺だって、その、て、手伝―――」

そこでチャイムが鳴った。
この学校を全力で呪ってやろうかと思った。


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シリウスは基本不憫です。

  

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