頂き物

□記憶浄化
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其れは突然、黒い嵐の様にやって来た。

駆け抜ける軍勢の立てる地響き。

大地と大気の震動に混じって、悲鳴、絶叫が響き渡る。

金属と金属がぶつかり合う火花が散る様な響き。

雷鳴の様な轟きと炸裂音。

全てを圧した、焔の哄笑。



――――其の光景を、自分を抱えて、逃げ惑う誰かの腕の中で暫く見つめる少女が居た。



放心し、考える力を無くして、唯、じっと滅びゆく故郷を見つめていた。

今日の光景を目の裏に焼き付けて、真っ直ぐにその光景だけを、唯、唯、少女は見据え続けていた。

其れが、全ての始まり…‥










(頭が痛い…‥)

少女は、ふと、そう感じた。

中庭で、帚を手にしたまま、こめかみを押さえる。



――――ズキン…‥



頭痛がし始めたのは、何時からだろう。

少女は、少し考えて見る。

様々な出来事が、少女の頭の中で、走馬灯の様に駆け巡る。

そして、最後に一人の女性が浮かび上がる。

(あ…‥っ)

少女は、思い出した。

(そうだ…頭痛がし始めたのは…薫さんに出会ってからだ…‥)

自分にそっくりな女性。

偶々、巡察に出ていた時、不逞浪士に絡まれているのを助けた。

其の時に出会った女性。

(でも、何で?)

少女は薫を初めて会ったとは思えなかった。

何処かで出会った?

昔の知り合い?

深く考えても、何も分からない。

頭痛の原因も、彼女の事も。

(分からないなら、考えない様にしよう。)

少女は、そう考えると、手にした帚をキュッと握り締め、庭掃除を再開した。










夕刻――――…‥



広間での、何時もの食卓。

賑やかで、楽しくて、笑顔が絶えない穏やかな場所。

そんな彼等を見ていると自然と笑みが浮かぶ。

(何か良いな、こういうの。)

少女がクスリ、と笑い、自らの膳の上にある箸を手に取ろうとする。



――――ズキン…‥



「あっ…‥」

からん、と軽い音を立てて箸が転がる。

少女は、頭を押さえてうずくまる。

其の間に、頭の中で次々と駆け巡る光景。



――――燃え盛る焔。



(…何…是…‥っ)



――――逃げ惑う人々。



(私の記憶?)



――――崩れ落ちた石垣。



(分からない…‥何なの?)



「千鶴ちゃん、大丈夫?」

不意に掛けられた声に、少女・千鶴の意識は現実に戻った。

顔を上げると、自分を心配そうに見つめる沖田と、其の周りには、うずくまってしまった千鶴の事を心配して、食事をする手を止め、沖田と同じ様な視線を向ける斎藤達の姿があった。

「気分でも悪いのか?」

斎藤が千鶴を気遣いながら、彼女を労る。

「すみません!ちょっと、眩暈がしちゃったみたいです…‥」

心配掛けまいとして、千鶴は明るく笑って、態とそう斎藤に告げる。

だが、そんな誤魔化しは斎藤には効く筈も無く、向けてくる視線は、矢張り、疑いの色があった。

「あっ…私、土方さんの様子、見て来ますね…‥」

斎藤の視線に堪えられなくなり、千鶴は慌てて立ち上がると、沃さと広間を出て行った。

「…………‥」

「…………‥」

千鶴が出て行った入り口を、沖田達は、唯黙って見つめ続け、次第に其の表情は険しいものと変化した。











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