捧げ物
□捕まったのはどっち…?
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「千鶴、入るぞ。」
襖越しに声を掛ける。
少し待って襖を開けると、赤い顔をした千鶴が布団に横たわっている。
枕元に座って、額を触ると平熱を遥かに越えるだろう熱が伝わってくる。
伝わってきた熱に思わず舌打ちすれば、それに気づいた千鶴が目を覚ます。
「土方…さん?」
「悪い、起こしちまったか。気分はどうだ?」
「大丈夫です。また少し寝れば何とか…。」
少し微笑んで言うが、いつもの溌剌さがない。
「こんだけ高い熱出して何言ってやがる。今日のところはしっかり休め。」
「でも…。」
「今、無理してもっと悪くなったら困るだろうが。それにお前が寝込んでると、幹部連中が『まだ治らねえのか?』だの『俺が扱き使いすぎた』だのとうるせえんだよ。早く治して、あいつらに元気な姿を早く見せてやれ。」
まだ、申し訳なさそうな表情をする千鶴の頭を撫でながら言うと、俺の意図を察したのか、千鶴は柔らかく微笑んだ。
「わかりました…。熱が下がるまで、しっかり休みます。」
「ああ、しっかり休め。その前に白湯飲めるか?熱出して喉渇いたろ?」
「ありがとうございます。いただきます。」
若干、起きづらそうな千鶴の背中を支えてやり、湯飲みを手渡すが千鶴の手が少し覚束ない。
「大丈夫か?」
湯飲みごと千鶴の手を支えてやる。
やはり喉が渇いていたらしく、すぐ飲み干した。
「すみません、ありがとうございます。」
「気にすんな。お粥なんかは食えそうか?」
「今はちょっと…。」
少し申し訳なさそうに言う。
「まぁ、無理すんな。今は身体を休めとけ。もう一眠りくらいすりゃ、食えるかもしれねえしな。」
「はい、ありがとうございます。あ、あの……。」
先ほどよりも若干赤い顔をした千鶴が遠慮がちに声を掛けてきた。
「ん?どうした?」
「あの……私が眠るまでここにいてはいただけませんか?」
寂しいんです、と消え入りそうな声で言う。
「安心しろ、お前が寝るまでここにいてやる。だから、しっかり寝ろ。」
本当は今夜中にやらなきゃならねえ仕事が山ほどあるが、普段してほしいことやしたいことを言わない千鶴の小さな我が儘を蔑ろに出来そうもない。
「ありがとうございます…。」
そう言うと千鶴の瞼が落ち、すぐに穏やかな寝息をたて始めた。
「…寝たか。」
赤い顔をして若干荒い寝息ではあるが、表情は幾分和らいだように見える。
「ったく…。倒れるまで無茶する奴があるか。」
俺には休めだの何だのうるせえくせに。
と叱責するような口調で言うが、その声色には優しさが滲んでいた。
「しっかり寝て、早く治せよ。」
そう言って、退室するため立ち上がろうとすると、袖を引っ張られるような感覚。
視線を落とすと、千鶴の手が土方の着物の袂をしっかりと掴んでいた。
「…寝るまで傍にいればいいんじゃなかったのかよ?」
これじゃ、こいつが起きるか、離すまで傍にいなきゃならねえじゃねえか。
「俺も随分甘くなっちまったもんだな…。」
少し前の俺だったら、無理にでも千鶴の手を離しただろう。
だが、そうしないのは…
「大事な物は新選組だけで十分だ。それ以外は邪魔でしかねえ。」
それが自分に言い聞かせるような口調だったことに土方が気づくのはもう少し後のこと。
そのあと、目が覚めた千鶴が真っ赤な顔をして土方に謝るのはまた別のお話。
-end-