頂き物
□強い絆 強き想い
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暗く、長く、続く薄暗い廊下。
その廊下をゆっくりとした足取りで進める一人の男。
ぎしり、ぎしり、と静かな廊下に響き渡る足音。
その廊下の行き止まりには、誰も寄り付こうとはしない部屋が一つ。
――――男はその部屋の前で足を止める。
そして、手にした鍵で錠を外し、格子を開き、中に入る。
周りを見渡し、部屋の隅で小さくうずくまる少女を確認する。
その姿を見た男は、僅かに眉を潜め、その少女に近付く。
「おい。」
男が、その少女に声を掛ける。
すると、その呼び掛けにぴくり、と反応し、ゆっくりと顔を上げる。
「…‥飯だ、食え。」
そう言って、食事を乗せた盆を目の前に差し出す。
だが、その少女は、小さく首を横に振ると、再び顔を膝の上に埋める。
「もう、食事をとらなくなって、幾日か経つ。このままでは、お前、死ぬぞ?」
「…‥構いません。拷問を受け、全てを喋ってしまうより、死んだ方がマシです。」
男の言葉に、小さく、弱々しく答える。
その言葉に、男は益々眉を潜める。
何かを言おうと、口を開くが、再び少女が顔を膝に埋めてしまった様を見ると、男は開き掛けた口を閉じると、溜め息を深く吐き出し、その部屋を出て行った――――
「風間、千鶴の様子はどうでしたか?」
「天霧か。…‥長きに渡る拷問と折檻による肉体と精神の痛手。是以上は駄目だ。もう、目に生気を感じられん。」
風間と呼ばれた男は、溜め息混じりで、そう返事を返した。
「…‥もう、完全に全てが崩壊するのは時間の問題ですね。」
「ああ、もう、精神も肉体も限界だろう。」
「どうされますか?」
「どうもせん。今、千鶴を逃がそうものなら、長州と薩摩のジジィ共が黙ってはいないだろう。何せ、千鶴から、新選組に関する情報は全く得ていないのだからな。」
「そうですね…‥」
風間の言葉に、天霧は哀愁漂う瞳で、千鶴が居る部屋を見つめた。
「…‥悔しいが、今は、何も出来ん。唯、千鶴が完全に壊れてしまう前に、新選組の奴等がこの場所を嗅ぎ付けてくれるのを願うばかりだ。」
風間は、そう呟くと、今頃は行方不明になった千鶴を必死に探しているであろう新選組に思いを馳せた――――
京の街を、全力で駆けていく若者が一人。
行き交う人々にも目にくれず、駆けていく。
周りを見渡しながら、唯一人だけを見つけようと、神経を研ぎ澄ます。
だが、目的の少女は見つからず、若者は憎々しげに舌打ちする。
「…っ、くそっ、何処に居やがるんだ!」
――――少女と若者が、はぐれたのは、三日前の事。
新選組が、長州と薩摩に追われ、その追っ手から逃げる途中、混戦に紛れてしまい、若者は少女を見失ってしまった。
本当は直ぐにでも、少女を探し出しかったが、再び混戦に紛れて、自分も行方不明になってしまっては元も子も無い。
その為、若者は後ろ髪引かれる思いで、屯所へと戻り、戻ったと同時に、少女の行方を探し始めた。
苛立ちが声に表れる。
「副長。」
「ああ、斎藤か。」
不意に掛けられた声に、若者が振り向く。
「心当たりは探してみましたが、残念ながら…‥」
「そうか、御苦労だったな…‥」
斎藤の言葉に、若者が肩を落とす。
「副長、諦めないで下さい。千鶴がまだ、死んだとは決まっておりません。諦めなければ、必ず光明が見えてきます。」
「ああ、そうだな…‥」
斎藤の言葉に、若者は天を仰ぐ。
そして、思い浮かべるは、一人の少女。
「千鶴…‥」
若者は、そう小さく呟くと、祈る様な仕草で、瞳を静かに閉じた。
――――此処に連れて来られて、どれぐらいの日日が経っただろうか?
其れすらも分からないぐらいに、この部屋は薄暗かった。
此処に連れて来られてからというもの、少女は毎日の様に拷問を受けていた。
だが、自分は頑なに喋る事を拒んだ。
――――皆を長州に売る様な真似は絶対にしない。
少女は、キュッと唇をキツく噛み締め、どんな屈辱でも堪えていた。
最初は、志士達も普通に水責めや、吊し等の拷問をしていたが、少女の身体に付けた傷が次の日には治っている事に気付いた志士は、彼女が風間と同じ『鬼』である事を知る。
そして、其れを知った志士達は今までの拷問とは違った方法で、少女の身体を傷付け始めた。
其れは――――…‥
刀で傷付けた箇所が、治り掛けた頃に、再び同じ箇所を傷付けるというもの。
浅い傷だと一瞬で治る為、斬るのでは無く、突き刺すのだ。
風間と同じならば、心臓を一突きしなければ死なないのだから、心臓以外の場所を傷付ける。