Novel

□ダイアモンドダストT
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序章

大雨(ひさめ)に打たれながら、私は地に伏していた。さっきまで――といっても既に時間の流れる感覚など無くなっているのだが――全身を苛んでいた焼けつくような痛みは消えている。だが、それは傷が癒えたのではなく、死が近づくにつれて体が五感を放棄しはじめているからだと、本能的に悟っていた。
ほとんど見えない目を開き、意識を侵食する眠気にも似た何かに抵抗する。今や私の体で動くのは瞼と目だけだ。遠からず、その二つも動かなくなるだろう。

――消えたくない。

ぼろり、と眦から水滴が流れた感じがした。雨粒が溜まって零れたのか、自分が泣いているのか、分からなかった。




ぴちゃん、と冷たい感触が手の甲を濡らした。突然の刺激に浅い眠りから覚醒する。目の前にかざすと、左手のほうに水滴が散っている。何だと思った瞬間、雷が鳴り響き、わずかに遅れて凄まじい勢いの雨音が聞こえた。あまりの音に驚いてすぐ横の窓を見やると、何と開きっぱなしになっている。

「やばっ・・・・・・」

私は飛び起き、窓を閉めて留め具を掛けた。たしか、寝る前に夜風にでも当たろうと思って窓を開けていたのだが、そのまま微睡んでしまったようだ。ああ良かった、もう少し目を覚ますのが遅かったら窓から降りこむ雨でびしょ濡れになるところだった。
やれやれと息を吐いて、私は背中からベッドに沈みこむ。目を閉じ、片腕を額に乗っける。
ザアザアと、雨が辺りを叩く。空気が水を含むのを感じる。
嫌な感じだ。タオルケットを頭まで引っ張り上げる。こんなことしたって、聞こえてくる雨音を遮ることなんてできないのだけど。

「嫌な感じ・・・・・・」

どうかさっきの夢の続きなんか見ませんように。そう思いながら、寝返りを打って窓に背を向けた。
まだ小さかったときは夜中に目を覚ますと、養い親の騰蛇(トウダ)がからかいつつもこちらが眠くなるまで相手をしてくれていたことを思い出す。奴に「眠くないなら俺様と寝ようぜー」とベタなセクハラをかまされ、私がその自慢の顔に拳を叩き込んだり、あらぬところに手を突っ込まれたりと録な思い出ではない。ないのだけど。
久々に、今は離れて住んでいる養い親が恋しいように思えたのが、悔しかった。


結局、私は悪夢を見ることもなく熟睡し、朝にはもう雨は止んでいた。


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