NOVEL

□俺はいるよ、好きな奴
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放課後、俺はいつものように千鶴と一緒に下校する。
「今日の体育の授業さ、すっげぇ大変だったんだよ!」
「ふふふ、永倉先生の声女子の方まで響いてたよ」
俺と千鶴は他愛のない話をしながら並んで歩く。

「あれ…?」
すると千鶴が何かに気付いたみたいに呟く。
「どうした?」
「あれ、うちのクラスの…」
千鶴が指さす先には仲良く手をつなぐ、1組のカップルの姿。
「あー!あいつら付き合ってたのか!」
それは確かに見覚えのある顔で、俺は驚きに声を上げる。

「…幸せそうだね」
そう呟いた千鶴の横顔がなぜかとても印象に残る。
「千鶴は?いないの?」
俺の唇は無意識に動いていた。
「え…?」
「だからさ、彼氏とか…好きな奴とか」
「そんなのいないよ!…憧れはあるけど」
千鶴は首を軽い調子で首を振り、眩しそうに自分たちの前を歩くカップルの後姿を見つめていた。

その千鶴の表情に俺の胸がトクリと鳴って、俺は足を止める。
「平助君?」
千鶴は急に立ち止まった俺を不思議そうに振り返る。

俺と千鶴の距離は約2m。
近いようで、お互いが手を伸ばさなければ届かない距離。
春の初めの少し暖かい風がふわりと吹く。
風が俺の背中を押してくれる。

「俺はいるよ、好きなやつ」
俺の声は風に乗って千鶴の耳にも届いただろうか。

「え…?」
俺の突然の告白に千鶴はきょとんと目を丸くしている。

「めちゃくちゃ、大好きなんだ」
俺は明るい調子でニカリと笑う。
「…誰?」
千鶴は首を傾げながら聞いてくる。

「内緒!きっとそのうち分かるから」
千鶴は納得いかないとばかりにちょっと拗ねたように俺を見る。

今は、これでいい。
いつかこの距離は埋めてみせる。
だから、もう少し待ってて。

俺は心の中で誓う。
そしてまた歩き出す。
君と並んで…。

「帰ろうぜ、腹減ったし!…ほら」
俺は千鶴の手を取って走り出す。
「えっ!ちょっと待ってよ!平助君」
「いいから!どっかで買い食いしようぜ!」
俺は慌てる千鶴を一度だけ振り返る。

「もう…仕方ないなぁ」
千鶴はそう言いながらも笑ってくれる。
「んじゃ決まり!」
俺も笑顔で千鶴に返し、今度こそ前を向いて走る。
手だけは、しっかりと繋いだまま…。


end

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