NOVEL

□僕を振るつもり?
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   思い、ふたつ









 時は放課後。黄昏が迫り、空は薄闇に染まり始めていた。階段の踊り場の壁際に立つ千鶴に、沖田は兼ねてより抱いていた自身の気持ちを伝えた。
「千鶴ちゃん。返事、聞かせてもらえるかな」
「あの、沖田さん……」
 突然のことにうまく言葉が出てこない様子の千鶴。しかし、その表情を見れば、この告白に対しての答えは明白だった。
「僕を振るつもり?」
 彼女の気持ちは知っていた。誰を焦がれているか、見ていれば気づく。彼女が、自分を「先輩」として慕ってくれていると言うことも。それでも。
「…! ごめんなさ…っ、」
「謝らないでよ。そして泣かないで。何だか僕がいじめてるみたいじゃない」
 それでも、愛しいと思う子の瞳に、自分を映してほしいと願うのは、仕方のないことではないか。
「う、っ…ふぇ…」
 千鶴はぽろぽろと涙を流した。困ったように、けれど愛おしげに自分を見つめる沖田。その優しい目が好きだった。でも、これは沖田が自分にくれた「好き」ではない。応えることはできない。それが苦しかった。
 その時、低い声が後ろから響いた。
「総司。テメェ何やってやがる」
 沖田は額に手を当て、溜め息を吐いて振り返った。
「タイミング悪いなあ、土方さん」
「女泣かせて何してんだって聞いてんだよ」
「何もしてない、って言う訳じゃないけど、貴方には言いたくないです」
「ああ? ふざけてんじゃねえよ、言え!」
「嫌です」
「っ! …いい度胸だな」
 土方は沖田との距離を詰め、胸ぐらを掴んだ。
「土方先生…! やめてください!」
 沖田の背後にいた千鶴が、土方の前に出た。
「千鶴…」
「沖田さんは悪くありません、手を離してください…!」
「…じゃあ、何が理由で泣いてた?」
「っ、それ、は……」
「俺に言えないことか?」
「あの、酷いことをされたとか、そういうんじゃないんです、本当に、平気ですから…どうか…っ」
 千鶴は俯きながら懇願した。土方は、未だ釈然としない表情を浮かべ目の前の沖田を睨んだ。沖田も憮然とした顔をしていたが、千鶴を見ると苦笑し、観念したように言った。
「土方さんは野暮だなあ。僕が、振られてたんですよ」
「な…」
「っ! 沖田さん、」
「そういう訳だから、離してくれますか?」
「あ、ああ…」
 土方は驚いた顔をしたまま、手を離した。沖田は乱れた胸元を整える。そして、不安気な表情を浮かべる千鶴の頭に手を置いた。
「そんな顔しないで。君が悪いんじゃないんだから」
「でも……」
「悪いのは、好きな女の子の涙を見てすぐ頭に血が上っちゃった、大人げない誰かさんだよ」
「、総司! 何言ってやがる!」
「ええー、バレバレですよ。大体、彼女に告白してくる奴全員にこんなことするつもりですか? もたもたしてないで、とっとと言っちゃえばいいじゃないですか」
 被害が増える前に、と付け加え、沖田は階段を降りていく。
「おい、ちょっと待て総司! 話はまだ終わってねえぞ!」
「僕はもう何も話すことありませんから」
 沖田はそのまま土方を振り返ることなく去っていった。追いかけようか躊躇ったが、傍らの少女を残しては行けない。
「あの、土方先生…」
「あ、ああ…いや、何だ…その…。ックソ! 総司の奴…!」
 土方は頭をガリガリと掻き、次に千鶴を見つめた。千鶴は、沖田が言い残していった言葉が理解できていないようだった。困惑した瞳が土方を見上げる。
『大体、彼女に告白してくる奴全員にこんなことするつもりですか?』
 土方は沖田の言葉を反芻した。今回のように千鶴が泣いている現場に居合わせたら、きっと同じことを繰り返すだろう。その前に、誰かに告白されている千鶴を想像しただけで気分が悪い。そうはっきり自覚した時、土方は自嘲した。そして腹を括った。
「話がある。ついてこい」
「え、あ…っ」
 返事を待たずに、土方は千鶴の細い手首を掴んで歩き出した。千鶴はなすがままついていくしかなかった。
 土方が足を止めたのは、国語科の資料室前だった。ポケットから鍵を取り出し、ガラッと扉を開ける。そして千鶴を資料室に引き入れると、再び扉を閉めた。
 少し埃っぽい部屋に二人きり。先ほど引かれた手首を、千鶴は胸元で握った。鼓動が速い。温もりが、感触が、まだ残っている。土方が触れた部分だけが、鮮やかな熱を持っていた。
 沈黙を破ったのは、土方だった。
「千鶴」
「、はい」
 名を呼ばれ、千鶴は強ばった。土方はそんな千鶴の様子に表情を和らげると、静かに響く声で言葉を紡いだ。
「俺は、お前に惚れてる。誰にも渡したくねえ」
 土方の言葉に、千鶴は耳を疑った。まさか。都合のいいように解釈してはいけないと、千鶴は己を律する。
「…それは、一生徒として、でしょうか…?」
 声が震えた。
「違えよ。男として、お前を一人の女として思ってる」
 千鶴の瞳に涙が溢れた。目を逸らす千鶴を逃がすまいと、土方は両手で顔を包み、上向かせる。
「ふ、う…、離してくださ…っ」
「…泣くほど嫌か?」
「違います…! 泣くほど、嬉しいんです…! 涙が止まらなくて…私、酷い顔をしています……っ、だから、見ないでください…!」
 そう抗議する千鶴を、土方は抱きしめた。泣きながら照れている。何と愛らしいことか。今唇を奪わなかった己の理性を褒めてやりたい。
「土方せんせ…っ、背広が汚れてしまいます…」
「構わねえよ」
「私が構います! 土方先生の背広を汚すなんて、嫌です…っ!」
 腕の中で身体を捩られ、土方は千鶴を解放した。
「…千鶴。泣くほど嬉しいっつーのは、どういうことだ?」
「っ、それは…」
「それは?」
 顔を真っ赤に染めながら、千鶴は真っ直ぐに土方の目を見て告げた。
「私も、土方先生のことが、好きです」
 土方は満足そうに笑った。それは今まで見たことのない、綺麗な笑顔だった。
 優しい眼差しのまま、土方が千鶴の頬に触れる。
「誰にも渡さねえよ」
 そして初めてのキスを交わした。





End




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