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□過去拍手文
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たまには部屋の掃除をしてみよう。

そう思い立ったのはいいけれど、いざやってみるとなかなか作業が進まない。
…そんなに広い部屋じゃないんだけどなあ。

はあー、と溜め息を吐いて、とりあえず書類の散乱した机だけでもどうにかしようとそこを見た。

…ふと、目についた一枚の紙に釘付けになる。

『霧崎水明』

兄さんの名前が記されたその紙は、学会の発表順序がなんちゃらと一方的に説明してくるゆうかさんに押し付けられたチラシだ。

十数人の名前が堅苦しく連なるその中で、兄さんの名前だけが、僕にはやたらと目立って見える。

チラシを手にとって改めて見てみても、やっぱり兄さんの名前は格好良いなとか、画数が多くてやけに固いかんじが兄さんらしいなとか、どことなく不思議な字面がオカルト好きの兄さんに合ってるような気がするとか、そんなことばかりが頭に浮かんできて。

「霧、崎、水明」

呟いてみる。
一文字一文字がまるで本のように、僕の身体に染みてくるような気持ちになった。

「霧崎、水明」

こんなにも甘い響きを、僕は他に知らない。

気がつけば僕は、携帯電話を手にとっていた。
お目当ての番号は発信履歴の一番上。機械的な発信音が耳に心地良い。

面倒だった掃除もこうなれば素敵な口実だ。

発信画面に表示される文字の並びすら、なんだか照れくさい。そんなことを思いながら、僕の耳は、もう間もなく与えられるであろう大好きな声音を待っていた。




(名前さえも残らず愛しい、あなた)

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