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□過去拍手文
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「名前、呼んでくださいよ」
編纂室に入ってくるなり、開口一番彼はそう言った。
たまたま僕一人しかいなかったからいいものの、他の人がいたらどうするつもりだったんだろうか。
…いや、彼のことだ、他のみんなが出払っているのを承知の上で来たのだろう。
相変わらず正体不明な恋人に、頭が痛くなる。
「名前…ですか?」
「そ、名前っす」
「なんでまた急に?」
気分っすよ、とにたにた笑う道明寺さん。
……だめだ、完全に彼のペースに嵌まってる。こうなってはどう抵抗したところで最終的に丸め込まれてしまうのは目に見えているので、僕は大人しく言うことを聞くことにした。
いやまあ、特に嫌がる理由もないのだけれど。
しぶしぶ、といった感じに口を開く。
「…道明寺さん」
「もう一回」
「道明寺さん」
「下の名前も」
「……秋彦、さん?」
「おっ、いいっすねえ」
堪んないっす、と笑う彼は相変わらず意味不明で。
だけど、どうしてだろう。
その時の彼の顔は珍しくはしゃいで見えて、もう少しだけなら付き合ってあげるのも悪くないな、と思った。
(君が呼んでくれるのなら、偽りの名前さえも愛しい)