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□完全無欠(賀茂泉+犬童)
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今時珍しいブラウン管のテレビが、どこかで聞いたオルゴールのメロディとともに『ブライダルフェア』という文字を映し出している。幸せそうな花嫁の笑顔を見て、賀茂泉かごめは知らず溜め息を吐いていた。

「どうしたんや、賀茂泉。らしくもない」

ソファーに我が物顔で寝転んでいた編纂室のヌシが、テレビから視線をずらして物珍しげにそちらを見る。

「そろそろ結婚したいお年頃かー?」

からからと笑う犬童を「違います!」と一睨みしながら、賀茂泉は今朝の出来事を思い出していた。

…そう、あれは、自動ドアをくぐって警視庁に足を踏み入れた瞬間だ。自分の名前がどこかから聞こえたような気がしてあたりを見回すと、中央のエレベーター付近にかつて科捜研で同僚だった人物がいた。
名前は、よく覚えていない。それは要するに自分が覚える必要がないと判断した人物だということで。
気にすることもないわね、と通りすぎようとした時だった。

…また、自分の名前が呼ばれた。

カツカツというハイヒールの音に混じって、確かにその男の口から自分の名前が出たのを聞いた。

取るに足らないことだと思いながらも、聴覚は自然とそちらに集中する。

−…そう、あの賀茂泉−−

−−いい女なんだけど、−−

−−嫁にはね、やっぱ…−−

−−『人間味』に欠けるのが−−

…その後の言葉は、男の周りにあがった下卑た大きな笑い声によって掻き消されてしまい、耳には届いて来なかった。

(瑣末、瑣末、瑣末!)

編纂室へ続く薄暗い階段を下りながら、賀茂泉はぶつぶつとつぶやいていた。
…先ほどの会話がやけに耳から離れない。苛々する。

(この私に欠けたものがあるですって?)

(『人間味』?嫁にはもらいたくないタイプ?)

(馬鹿にしないでちょうだい!)

そんな悶々とした気持ちのまま編纂室のドアをくぐった先であんなコマーシャルを見てしまったのだから、溜め息が出てしまうのも仕方がない。

「『人間味』ねぇ…」

気づかないうちに口に出してしまっていたのか、犬童はそう呟いて「ふうん」と唸った。

「別に気にせんでもええんちゃうの」

「気にしてなんかいません」

「いや、そうでなくてな」

トン、と犬童が賀茂泉の胸元を叩いた。

「あるやん、『人間味』」
ここにちゃーんと誰かおるんやろ、と言って悪戯っぽく笑う犬童に賀茂泉は眉をひそめる。

「おっしゃる意味がわかりかねますが?」

「まあ、アンタにイチから説明したらまた説教くらうのは目に見えとるからそれでええんやけどもな」

軽く賀茂泉の肩を叩いて、犬童はドアに手をかけた。

「そんだけ大事に護られてる人間が、ただ冷たいだけなわけないやろ」

「護られて…?」

「めんこいお顔に、仕事もできて、お友達にも恵まれとる。まさに完全無欠の賀茂泉警部補やん?」

せやから今回も見逃してやー、とドアをくぐって出ていく犬童に小言を浴びせるも効果はなく。

ひとり残された賀茂泉は、ふん、と鼻を鳴らした。

そろそろ風海達も登庁してくる頃合いだ。
シャキッとしておかなければ。男共になめられてはかなわない。

…そういえば、いつの間にかあんなに悶々としていた気持ちが晴れていた。
犬童のわけのわからない言葉のお陰だとは思わないけれど、でも、悪い気はしない。今日の脱走くらいは多目にみてやろうか、と賀茂泉は小さく息を吐いた。

とたんに静まり返る編纂室で、背中の方から、また名前を呼ばれた気がした。
けれど今度のそれは大好きなあの声と似て聞こえた気がして、賀茂泉は小さく「はあい」と呟いた。








(いつでも、そばにいるよ)

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きっとちーちゃんはかごめちゃんを見守ってくれてると信じてる…!


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