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□終焉の光明は(道明寺独白)
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どうして今まで思い付かなかったのだろう。

ヒントは多田の「死」だった。
魑魅魍魎の類いに取り殺されることによる、命の消失。なるほど、いくら肉体は不死身の化け物であっても、それならあの世行きなわけだ。いや、その場合行くのはあの世なんかじゃなくてもっと真っ暗なところなんだろうけど。

そう気がついてからの行動は早かった。
人様の猿真似は好きじゃないけれど、一度成功例がある以上それを使わない手はないだろう。

そう思って訪れたのは例の公園の電話ボックス。一連の安っぽい儀式を済ませて受話器を置けば、チン、と小気味の良い音を立てた。まあこんな真夜中に灯りもまばらな公園でいくら気味の良い音を聞いたところで不気味でしかないのだけれど。もっとも俺はそんな感覚、とっくになくてしまったけれど。

しばらく歩いて、いつか霧崎の旦那が多田の始末に使った古井戸が見えてきた。その前に立って、ウキウキと携帯電話を手に握る。いつもなら着信があるたびに、どうせまた面倒な仕事だろああ憂鬱、と疎ましく思うその存在が、今はやけに愛しく思えた。着信を告げる微振動が待ち遠しいとすら思う。

やがて、鈍い振動音が聞こえた。

(−−−来た!)

柄にもなくはやる鼓動を感じながら、俺は微かに震える指で通話ボタンを押す。

−−今、公園の入り口にいるの。

お決まりの文句が聞こえたのを確認して、俺の期待はいよいよ高まった。
早く、早く来ないか。

着信は続く。

…−−今、電話ボックスの前にいるの。

−−今、階段の下にいるの…

そして、ソレはやって来た。

−−今、あなたの後ろにいるの。

機体からノイズ交じりのその声を聞いた瞬間、肩に手をかけられた。

うひ、と喉が鳴る。
このまま背後の古井戸に引きずり込まれて、ハイ、おしまい。
まあ残った脱け殻は上司達が始末してくれるだろう。お手数おかけしてすみませんねえ。でも今までさんざんこき使われてあげてきたんだから、それくらいしてくれてもバチは当たらないと思いますよ。

落下していくのを感じる。井戸の底なんてもうとっくに過ぎているだろうに、どこまでもどこまでも。
身体はきっと井戸の中に残ったんだろうから、今落ちてるのは俺の精神やら魂やらってわけだろう。

なにも見えない真っ暗闇を落ちながら、じわじわと自分の輪郭が侵されていくのを感じる。このまま輪郭も真っ黒に溶かされて、やがて闇と同化するんだろう。それで全部オシマイ。

ああ、段々と意識がぼやけてきたなあ、なんて思いながら、俺はもう考えることを放棄する。

すると、不思議なことに目の前にこれまで関わった人物や出来事がまるでビデオの早送りのように流れ始めた。

(…これが走馬灯ってやつ、なんすかねぇ)

もう覚えてすらいないと思っていた親、妻、子の姿。こんな身体になったきっかけの出来事……自分の前を横切って消えていく記憶達。

こんな化け物にまでこんなものを見せてくれるとは、神様とやらはずいぶん優しいお節介者らしい。なんだか可笑しくて、笑った。

うん、悪くない気分だ。

目の前の走馬灯はいつの間にか編纂室の連中を写し出している。ああじゃあそろそろおしまいだなあさよなら現世、そんな俺の記憶の最後を飾ったのは、憧れて止まなかったあの笑顔。

「………ぁ」

そうだ、あの人にお別れを言っていなかった。微かなものであったはずのこの感情がいつの間にこんなにも膨れ上がってしまったのか。最後にこんなものを見せるなんて前言撤回やっぱり神様アンタは意地悪ですね。そうだどうせ死ぬならどうして伝えなかったんだろうどうして触れなかったんだろう会わなかったんだろうどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてど















(死にたくない。最期にやっと気がついた、幸せ者)

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キリ番222を踏んでくれたペンケイへ捧げます!
道明寺のひとりにゃんにゃんは書けなかったよ。


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