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□借物競争(子純親子+道明寺)
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見事な秋晴れの今日は、純也が通う小学校の運動会だ。

純也の父である淳士は仕事の都合で来られない予定であったのだが、同僚達にしつこく行け行けと押されるままにこうして今グラウンドに可愛らしいレジャーシートを敷いて胡座をかいている。

その横にはニヤニヤしながら落ち着きなく辺りを眺める部下の姿もあった。「単独行動中に何かあったら大変じゃないっすか」なんて言ってついて来たのは建前で、実際はただあの地下室部署に籠って作業をするのに飽きただけだろう。

「おとうさんっ、きてくれてありがとうございますっ」

照れたような笑いをあどけない顔いっぱいに浮かべて駆け寄ってくる我が子にも顔色ひとつ変えずに、淳士は「ふん」と鼻を鳴らす。

素直に可愛がってやれない父親に苦笑しながら、横にいる男はその小さな頭をわしわしと撫でてやった。

「坊っちゃんは、次は何に出るのかなー?」

「かりものきょうそう」

「そっかー、頑張ってね」
「うんっ」

ちょうど流れてきた選手呼び出しのアナウンスを聞いて、いってきまーすと元気に手を振って純也はぱたぱたと駆けていく。

「…可愛い息子さんじゃないっすか」

「………」

どうやっても仏頂面を崩すつもりはないらしい上司にやっぱり苦笑しながら、男も純也に視線を戻した。

競技の開始を告げるピストルの音はなんとも軽快で、仕事柄普段聞かされている物騒な響きがまるで嘘のようだ。

他の生徒とさっそく差をつけ始めている純也の走りになるほど局長の息子だなあと男が感心している中、コースの中ほどに待ち構えていた教員らしき人物からお題の紙を受け取ったらしい純也は、首をかしげながらあろうことかこちらに小走りで戻ってきてしまった。

「ありゃありゃ、戻ってきちゃいましたねー」

「…何をしているんだ、純也」

ゴールはあちらだろう、と顔をしかめる父の前に、純也はおずおずと手に握った紙切れを広げた。

その紙に書いてあったお題は男のいる位置からは見えなかったけれど、上司が更に顔をしかめたのを見てああ無茶なお題に当たったんだろうなと理解した。

あまりの無理難題に当たった生徒はお題の品の代わりに親御さんと一緒にゴールすることになっている。確か開始前のアナウンスで言っていたから、この坊っちゃんはお父さんを迎えにきたんだろう、うひ、親子愛っすねーなんて男が思っていると、上司から思いもよらない言葉をかけられた。

「…よし、小倉」

「あい?」

「お前が行け」

「はぃいいいい?!」

うわこのオッサンついに父親であるとこを放棄したよほら坊っちゃんも困っちゃってるよーなんて色々と突っ込みたかった男だったが、「うちの息子に恥をかかせる気か」なんて凄まれてしまえば上司に歯向かえるはずもなく。

不思議そうに首をかしげる純也の手を引いて、男はしぶしぶゆるやかに走り出した。

ゴール地点にいる審判らしき教員からOKサインをもらい、そのままゴールへ。
驚いたことに、あれだけ話し込んでしまったのにも関わらず純也が一等賞だった。

おいおいそれじゃ他の子ども達もこの子以上の難題を突きつけられたのか可哀想に、と男は思ったが、『1位』と書かれた旗をもって素直に喜んでいる純也の満面の笑みを見ているとまあいいかと思えてきて、自然と顔が綻んだ。

こんな人間らしい出来事も、たまには悪くない。

そういえばずっと気になっていたことをまだ聞けていなかったなと思い出して、男は少しかがんで、純也に目線をあわせて微笑んだ。

「ね、あの紙には何て書いてあったんだい?」

「うん!あのね、



『お魚』



ってかいてあったんだよ!」

そんなのあるわけないのに変なのー、と笑う純也にあはははと乾いた笑いを返しながら、男は真剣に転職を考えたという。



(長閑な秋の陽向で。そんなお話。)

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小倉=道明寺だと信じて疑わない海弥です。
「人魚の肉を食べた化け物」的な意味のお父様なりのジョークなんだよ、きっと!


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