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□鬼の置き土産(羽黒+犬童)
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…まったく最近の若いモンは何考えてるかさっぱりわからへん。
どうせこの時間は誰もおらんし昼寝でもしよか、と思って編纂室に来てみたら、おんボロ机に頬杖ついてる羽黒がおった。
なんや、溜め息なんてついてからに、気持ちの悪いやっちゃな。しかも、ウチが入ってきたことに気づいてすらおらん。刑事失格やで、ほんま。
まあ、そないなことウチの言えた義理やないんやけど。
ぼーっと何かを考えてるかと思ったら、時たま深く溜め息を吐く。これじゃあまんま恋する乙女やで。
………恋?
自分の考えに首をひねる。こないな男まみれの窓際部署で、一体誰に恋するっちゅうねん。
若い女なら一応賀茂泉がおるけども、あれはうちの男どもにとって畏れる対象でこそあれ焦がれる対象にはなりそうもない。
んじゃ、ウチか?
…いやいやいや、いくらなんでもそりゃないやろな。
となると、誰なんか。
お?とそこで気がつく。
よく見れば羽黒がさっきから頬杖ついたりうずくまったりしてるんは……局長の息子、風海の席や。
……ははあん、そういうことか。
要はこの青年はこともあろうに男相手に恋してもうて、道ならざる恋に悩んでるってわけや。
ウチが入り口に突っ立ったまま一人で納得しとったら、羽黒のやつはまた机にうずくまって、今度はなんやうーうー唸り出した。
「ぅー……先輩のにおいがするぅ〜っ」
きゃー、なんて女子高生かって声だしおってからに、ほんま気色悪いやっちゃ。
そのあと更にすーはー深呼吸まで始めたのを見て、さすがに笑ってしもうた。
ウチの吹き出した声を聞いて、羽黒がすごい勢いで振り返る。
なんや、やっと気づいたんか。えらい顔まっかっかやで。
「い、犬童警部!いつからいたんですかっ!?」
「あんたがすーはーし始めるちょっと前あたりからやな」
「ぎゃー!!」
忘れてください、風海先輩には言わないでくださいいい!なんて取り乱す羽黒を見て、ウチは笑いながら、なんやぽかぽかした気持ちになってきた。
………もうずうっと忘れとった。遠い遠い昔の感情。
ウチにも、今の羽黒みたく甘酸っぱい幸せを噛み締めていた時期が確かにあった。「あんた」のくれた幸せが。
…そうや、こいつらはまだ若い。
せいぜい気張れや、人生は甘くないで。
なんだか無性に羽黒の頭を撫でてやりたくなって、わざと乱暴に茶色い猫っ毛をぐしゃぐしゃとかき回してやった。
「ちょ、いたたた!なにするんですか警部ーっ」
「ウチがごく稀に見せる優しさや、ありがたく受け取っとき」
ぜんぜん優しくないですー、なんて拗ねる羽黒は年相応に見えて可愛らしい。
そういや、そろそろ風海が戻ってくる頃合いやろ。
まあ気張れやー、と今さっき入ってきたドアを再び開く。
あとは若いモンに任して、邪魔者はさっさと退散しよ。
「あれ、警部、どこかに行っちゃうんですか?」
「あー、ちょっとこれからお馬さんの運動会があるさかい」
ほなな、と背を向けながら、胸に手をあてひっそりと願う。
……なあ、仏さん。ウチん中におるんなら、どうか叶えたってや。
あいつら若いモンの未来にだけは、彼奴等魍魎の暗い影を寄越さんといて、と。
そのための、ウチなんやから。
(居座る怨みがどいたそこには、ぬくもりだけが残ってた)
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3の蘭子篇後のある日。羽→純とお母さんな警部。
実は羽黒は若くないっていう。