頂いた素敵な夢
□心からの敬意をこめて
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今日もいい天気。あたしより幼い子供達が、あたしの隣を通り過ぎていく。きゃあきゃあと子供が私の脇を鬼ごっこしながら過ぎると、日差しがまた一段と強くあたしの頬を焦がす気がした。じりじりとする天気でも風は気持ちよくて不思議と不快な気持ちはしない。まあ不快といえばこの辺を不良がうろついてるってことくらいかな。
あたしは晴天の下、コーラがやたらめったら並んでいる自動販売機の近くにいた。ザァーと心地よい風があたしの髪を揺らす。その風によって運ばれる賑やかな声が間昼間をさらに活気づけてくれる。
けれどあたしにはそんな風に浸り、楽しむ余裕なんてこれっぽっちもない。いまあたしは時羽学園の生徒としての死活問題に直面しており、下手したら明日からあっちゃんと学校でご飯が食べれなくなってしまう可能性があるのだ! ああなんということでしょう! 神はどうしてこうも非道なのだろうか、ああ神よ!
「由希さん、大丈夫ですか…? あともう少しですが…」
「うん…っ! でも、とど、かない……!」
く、ううう〜っ!!
ぷるぷると指先の力を集中させても、指がこう…にょーんと伸びるはずがなくてあたしのリーチは変わらないままだった。
くっそお! これがJKの限界…必死に必死に、あたしの今日一日の元気全部つかっても全っっ然届く気がしない! 170cmもあるのに、何で届かないのか…! 二の腕あたりの太さか!
う、そうそう。あたしがなんでこんなに手を必死に伸ばしているのかというと…。自動販売機の下に入ってしまったきらりと光る、例のあれがあたしをこんなに熱くさせてる。ただでさえじりじり日差しが痛いっていうのに、なんであたし自販機の下に、手を伸ばして頑張ってるの …? あ、言っておくけど小銭じゃないからね…?
「でもどうして自販機の下に…」
「風のいたずらが…っ!」
くうううううう!届かないぃい〜!
「だあああー…もう、だめ…これ絶対届かないって…」
「…そうですか…。どうします? お店の方に頼みますか…?」
「いやまって! それは少しはずかしい!」
「しかし、私たちならいまさらというか…」
「そもそも、あたしの体が硬すぎるのが原因だからっ」
そもそも何でこんなことをしているのかと言えば、ただいまあたしは、あっちゃんとお出かけちゅう。
折角のお休みだし、出かけない? と半分緊張しながら問えば、あっちゃんは笑みで首を縦に振ってくれた。もうその瞬間嬉しさで舞い上がったって言うね。
ゆう君に見つかると面倒だから、と少しいつもの所より離れた場所に、電車に乗って出掛けてみた。そしてのどが渇いてジュース買おうかと、近くの自動販売機に寄った。
が、そんな時。さっきも言ってたけど、そう、風さんのいたずらってやつで、あたしの財布の中に入ってた時羽学園の学生証は、自動販機の下に入ってしまった。それで困ったことに、一応二人は自販機の下の隙間に手が入るのだけど、まだ身長の高いあたしがやっているのだが、そのあたしの手が短いのが原因で学生証を取れないままでいた。頼べば新しいのを貰えるのではないかと思っていると思いますが、新しいのを作るとなると色々とペナルティーがある。まぁトイレ掃除とかトイレ掃除とかトイレ掃除とか…。他にも何か学校のを借りるときは見せなければならないし、色々と不便だ。
あたしで届かないとなると、あっちゃんにやらせるのも酷である。
あたしの長座体前屈の力がもっともっとあれば、届いたかもしれないのにな…。体がそんな柔らかくないあたしの体が恨めしく思えた。
う、ううう…悪かったね手が届かなくて… おまけに身体かたくてごめんねー! 悪ぅございましたねー? もう自棄になってやるよこのやろー!
「なにか困ってるのか?」
急に後ろから声をかけられて、自販機のもとに這いつくばっていた体をあわてて立ち上がらせる。慌て過ぎて首だけが先に振り返ると 、綺麗な茶色の髪が太陽をバッグにきらりと光った。
そこに立っていたのは、あたしより少しおとなびた女の人だった。実際に光ったのは彼女がつけているペンダントのようで、翡翠色の瞳があたしを覗き込んでいる。その瞳がちょっと不思議なものを見るような目…のような気がして。実際にあたしはいま、不思議な状態であるわけだし。そもそも自販機の側に這いつくばってる女子高生はそうそういないだろうし。きっと変な子に思われたに違いない!!
「わ、あっ、いや、その!…な、」
同情のこもったあっちゃんの目線はあたしの不安をどんぴしゃでついてるもんだから、あたしはすぐに彼女と向き合って頭を思いっきり下げる。あたしが悪いわけではないけれど、自販機でなにか買うつもりだったら邪魔なだけだし…って、ん!?
あ、あたし、もしかしなくても通行人の邪魔になってるんじゃあ…! いやいやもしかしなくても邪魔になってますよね!!
「ど、どうぞどうぞ。すみません…」
妄想炸裂させてる場合じゃないから、すぐに自販機から離れた。 …ご、ごめんなさい…。
「いや、そうじゃなくて…なにか落とし…た 、のか?」
少し困りながら、あたしに問いてきた。よ、よく見るとスタイル良いこの人…。背も170あるあたしより高くて…。初めてこ、子供扱い…。まあ、あたしの方が小さいわけだし精神的にも幼いから仕方がない。きっと彼女は困っている子どもを助けようとしてくれてるんだよね…でも迷惑かけるわけにもいかないし…。
「学生証を落としてしまって」
とか考えてる内に、あっちゃんが自販機を指さして事情を説明してしまった。あ、待って! とか引き止める間もなく、「そうなのか」と 短い返答が返ってきたかと思えば、彼女は自販機の下を覗き込んだ。
「!?」
スカートの中が、女の人が屈んだことによって見えそうになって、心臓が飛び出るかと思った。
慌てて止めようかと思ったけど、彼女が「大丈夫スパッツ履いてるから」と両断されてしまった。
チラリとあっちゃんを見れば、あっちゃんはとっくに俯いてみないようにはしてる。
よかった!! これがゆう君とげん君なら、前者はわざと、後者は無意識に見てしまうに違いない! あっちゃんとだけで出掛けて良かった…。
けどさらに大物なのはこの女の人。いくらスパッツを履いているとは言え、全然スカートを気にする素 振りを見せない。…な、なんて勇ましいんだ …。
「いえ、ショートパンツでやる由希さんも凄いと思いますが」
パンツとスカートは意識が違うのですよ。あっちゃん。
「これのこと?」
もんもんとあたしが最低なことに、スカートについて頭の中で討論していると、女の人はあたしの2倍くらい柔軟じゃないのかってくらい、あっさりと学生証を取ってくれた。あたしの顔写真が載ってるから少し恥ずかしいけど、優しげに手渡してくれるそれを、何度もぺこぺこ頭を下げて受け取る。心のなかでは一安心してた。
もっとお礼を言いたかったけど、すぐに彼女は立ち去ってしまった。
「由希さん、良かったですね」
「え、あ…うん」
「どうしたのですか? どこか嬉しそうではなさそうです」
「…」
なんだろう、この引っかかるような感じ。待って、あれ?
もう見えなくなってしまった、やけに印象に残るあの人。あの人は駅を通り過ぎて、人気の少ない路地へと入っていく 。あの路地を抜けるとコンビニやらが展開する、いわゆる商店街に出る。その路地と彼女の背中になにか引っかかる。
手荷物は持ってなかったし、買い出しに行くって感じだったから近くに帰る場所とかは有るのだと思う。そこにまたなにかが…。
「あ、あああ!?」
「ど、どうしたんですか由希さん!」
あたしが思わず叫べば、あっちゃんはビックリした表情であたしを見る。
「たたた、大変だよあっちゃん!」
「な、何がなのですか!?」
「さっき聞こえたんだけど、この路地裏は不良の目撃情報が頻繁に出てるんだって! もしかしたら、知らないかもしれない」
「成る程…では、探した方が良いかもしれませんね」
そう言ってあっちゃんは、周りに目を配らせた。多分能力使ってるのだと思う。
そしてものの数秒すれば、あっちゃんはあたしを見る。
「こっちです。少し、危ないかもしれませんが」
「えぇ!?」
兎に角、と二人でさっきの女の人を追いかけ走り出した。
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