SHORT★STORY

□言ってみたらなんともなかった
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8月5日午後11時23分





『ふぅ…』




私は自分には似合わないであろう可愛いある子袋を持って
一ノ瀬トキヤの部屋の扉の前に立っている。




なぜこんな夜遅くに男子寮にまで来て
一ノ瀬トキヤの部屋の扉の前にいるかというと―



『入ろかやめるか考え中』


私は前へ後ろへと不気味なステップを踏んでいた。


「チヨちゃんっ」


『んぎゃあ!!』


突如誰かに肩を叩かれ女らしからぬ声を上げる。


「静かにっ」


振り向くとしぃっと人差し指を口の前で立てている那月がいた。


驚かしたあなたが悪いと心の中で私は呟く。



『どうしてなっちゃんがいるの?』



「なんでってあと少しでトキヤ君の誕生日じゃないですか」


なんでそんなこと聞くのと言わんばかりの顔をしている。


そう今日は―
いや正確に言えば数分後の明日は一ノ瀬トキヤの誕生日なのだ。



『…うん、だから?』



「サプライズをしようと思ったんですっ」


ニコリと笑う那月のまわりに沢山の花が見える。


『サプライズ…?』


嫌な予感がする。
いや嫌な予感しかしない。



「はいっこれを食べてもらおうと」



『コレって…』




那月が手にしていたのは間違いなくケーキが1ホール入っているであろう箱。


「あっもうすぐ時間ですね」



時計を見ると11時55分。



『もうこんな時間…!?』



あと5分でトキヤの誕生日となる。



「じゃあ入っちゃいましょうか」



『ちょっまだ心の準備が…!』




人にあまりサプライズをしたことがないためか緊張で手が汗ばんでいた。



なっちゃんがドアノブに手をかけたその時―



「ちょっと待ったァァァァ…!!」



その大きな声は夜中なだけあってかなり響いた。



『翔ちゃん!?』



息を切らして私たちの前に現れた翔ちゃんこと来栖翔。




「翔ちゃんも食べに来たんですか?」




那月がにっこりと問う。
その笑顔が逆に恐怖に感じる。



「ちげぇよ!!つかマジでトキヤにそれやるわけじゃねぇよな?」



那月の手に持たれたそれを見ながら焦った様子で訊ねる。

翔は那月がトキヤにお菓子をあげると知り急いで此処まで来たのだった。
死なせないように―


「え?マジです大マジですよ?」


那月は至って笑顔だ。



『なっちゃん恐ろしい子…!』


私はムンクの叫びのようなポーズをとる。



「やめろってぇ!!」


翔は諦めず必死に説得する。



「なんでですか?」



「だってそんなもん食ったら死んじ―」



「なんですか?」



まだ言い終わらない内に那月は首を傾げながら聞く。

私達は一瞬体を震わせた。




「いっいや!おい千代子からも何か言ってくれよ…!」




『私…!?』



無理だよと言いかけた私は那月の前に突き出された。





『…えー確かトキヤはお菓子とか嫌いだったはずだよ?』




反射的に思いついた真っ赤な嘘。
そんなこと此の方一度も聞いたことがない。



「チヨちゃん凄い棒読みです」




しまったと後ろを振り向くと翔ちゃんが頭を抱えていた。



「それにチヨちゃんのその手に持ってるのも“お菓子”じゃないんですか?」




那月が言ったとおり私が今手にもっているものは
トキヤにプレゼントするために作った“お菓子”だ。



ガタッと音がしてもう一度後ろを振り向くと翔が床に崩れ落ちていた。



『いやお菓子じゃないよ!』



「え?」



頭がおかしくなったのか
今度は誰が見ても分かる嘘をついていた。



「もういいよ千代子…」



『ごめん翔ちゃん』



私も同じように膝から崩れ落ちる。


「いや謝るならトキヤに謝ってくれ…」



私は天に向かって拝んだ。


『あぁ神様、仏様。どうかトキヤをお守りください』


「間に合ったぁ…!」




そこに笑顔で登場したのは音也。
何故トキヤと同室の彼が今部屋の外にいるかというとバイトをしていたためだった。



「うるさいぞ一十木、他の生徒のことも考えろ」



そう注意しながゆっくり歩いてくる真斗。


「ごめん」



素直に謝る音也。



「お前も十分うるさいよ聖川」




その後ろから誰かがカツカツと静かかつ華麗に靴を鳴らし歩いてきているのはレン。




「神宮時。俺は声のボリュームは下げていたつもりだが」



「そういうことじゃなくて」



「じゃあどういうことだ」



きっとレンが言いたかったのは説教うるさいということだろう。



「二人とも落ち着いて…!!」



言い争いになるのを覚ったのか音也は仲裁にはいる。



「音也お前も落ち着け」


何だかんだで一番慌てている音也に翔が肩を叩く。


『な…何か皆集まっちゃたね』


「ホントですねぇ、でも皆さんの分も作ってあるので大丈夫ですよ?」



「あぁ!!俺用事思い出しちゃったよぉ」


どうやら“皆さんの分”というのを聞いて身に危険を感じたのか
音也はこの期に及んでそう言った。


「おっ俺様も!!」


それに翔ものった。


「逃がしませんよ二人とも」


しかし作戦失敗、那月は嘘に気付いていた。
那月は鈍感そうに見えて以外に鋭いのだ。
さらには逃がさないようにと二人の腕をがっしりと掴んでいる。



『翔ちゃんはトキヤを助けに来たんじゃないの?』



「もう助けようがねぇだろ」


「翔ちゃんまるで今日死んでしまうかのような顔してますねぇ」



「お前のせいだ…!!」


翔は泣きながら那月を睨みつける。


「那月腕離してー」


音也は笑いながら泣いている。



「で、うるさいとはどういうことだ神宮寺。」


真斗は先程のことのことをずっと考えていたのか
今になって再び話を切り出す。



「そういうのがうるさいんだよ聖川」


レンは溜息をつく。


4人は今が真夜中だと忘れているように騒ぎ出した。


『皆うるさいよ…!!騒ぎ過ぎるとトキヤが起きちゃうてばっ!!』



それに我慢できなくなった私は拳に力が入るくらい大きな声を出した。
真夜中だってことは勿論分かってる。
だがこれだけ出さなければ聞いてくれないと思ったのだ。


『よし、静かになった』


私の判断は合ってたようだ。
しかし皆の様子が何故かおかしい気がする。
静かになっただが…静か過ぎる。
そして皆の目線が私と合っていない。

少し遠くの後ろを見ているような―







「千代子。君が一番うるさいです」





背後から聞える誰よりも冷静な声。





『………………』




―あぁなるほど。こうゆうパターンか






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