深海の神喰

□AGE 2
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数あるミナトの中でもここペニーウォートはAGEの扱いが酷いと有名である。
今日もまた監視官の機嫌を損ねたらしく拘束具を嵌められたまま何度も殴る蹴るの暴力を受けていた。

「何だその目は!その態度が気に入らないと言っているんだ!」

そう言った監視官は顔面を蹴りとばすと硬い靴によって瞼の上が切れたのか、とろとろと血が流れている。
痛みは相当のはずだが、全く反応を示さないまま監視官を見ている姿が余計苛つかせてしまうのだろう。
あれから3時間という長い時間、監視官からの暴力を甘んじて受け続けていた。
やっと開放された時には、血の入った白目は赤く染まり蹴られた頬は腫れ上がっている。
隊服で隠れている身体もそこら中痣だらけだろう。

「…酷いな。ユーリ、大丈夫か?」

ユーゴの心配そうな表情に軽く頷いてから自分のベッドへと腰掛ける。
出逢ってから今まで無表情を貫いている彼からは何も読み取れないが、それはいつものことで軽くため息を溢した。

「次の任務がある。P14005の単独任務だ。」

「単独!?」

「…了解。」

「ユーリ!お前、その身体で出るつもりか…?」

彼の心配を他所に軽く頷きアラガミ討伐依頼を受託すると監視官から牢に連れ出されていく。
その後ろ姿をギュッと拳を握りながら見送るのだった。

任務で連れてこられたのは灰域濃度の高い場所のようで濃い紫の瘴気に包まれているため、あまり長居はできないだろう。

「(この辺りのアラガミを一掃するのが任務だ。わかっていると思うが、お前がミスをすればその尻拭いはミナトにいるあいつらがすることになる。)」

その言葉とともに一方的に切られた通信。
偏食因子を奪われるような感覚に囚われないよう神機を握り込みながら向かってくる大型アラガミであるヴァジュラを見据えた。
一個小隊ですら勝率5割以下の相手。
AGE一人で向かっていったところで倒せる可能性は低いだろう。
腹いせで捨て駒に利用されたということは容易に想像できるが、簡単に殺られてやるつもりはない。
相討ちになってでもヴァジュラを倒す。
その覚悟を持って戦いに挑むが、巨体な割にすばしっこく、雷撃を周囲に纏うため間合いが詰めるだけでも一苦労だ。
向かってきた雷撃を避けた先に振り下ろされた大きな爪。
装甲の展開が間に合わず岩へと叩きつけられた。
迫り上がってくる嗚咽感のまま吐き出せば、地面に血が飛び散るのが見える。
口先から垂れるそれを拭いながら視線を上げれば、乱入してきた大型アラガミのプリティヴィ・マータと目があった。
岩に囲まれたここに逃げ道はなく、両側にいる二種の大型アラガミ。
先程の一撃で右腕から腹部まで削り取られたようで服に染み込んだ血が滴り落ちている。
この判断ミスのダメージは大きい。
回復薬を使いたいところだが、この状況下では難しいかと左手に持ったロングブレードを使ってヴァジュラの前足を攻撃すれば結合崩壊が起きてダウンしたようだ。
プリティヴィ・マータの攻撃が煩わしいが、ヴァジュラ程素早くないため避けながら戦えばなんとかなるだろう。
ただ、この出血量。
少しずつだが視界が霞んでいるのがわかる。
意識をはっきりさせるために力の入りにくい右手で傷口を押さえ込めば、あまりの痛みに息を詰めた。
脂汗が吹き出てくるのを感じるが、視界ははっきりしたとヴァジュラに連撃を繰り出すとそのまま顔面と尻尾の結合崩壊させ、リンクバーストで一気に倒していく。
次はプリティヴィ・マータだと向き直ったが、ヴァジュラを倒したことで勝ち目がないと感じたのか。
戦線を離脱していった。
良かった。
もう一歩も動けないとその場に座り込んだユーリ。
ロングブレードを持つ手は震え、はっきりしていたはずの視界も一瞬にして灰色になっていく。
ユーゴの理想を叶える石杖にはなれなかったなと小さく呟き、目を閉じるとそのまま意識を失うのだった。

あれからどれくらい経ったのだろうか。
もう目を覚ますことも無いだろうと思っていたが、遠くから聞こえる話し声にゆっくり瞼を開けばブロンドヘアにモノクルを付けた女性が驚いたような表情を見せながらこちらを見ている。

「良かった。目を覚ましたのね。」

「…。」

「困惑してるわよね。ここは灰域踏破船クリサンセマムの医務室で私はオーナーのイルダ・エンリケスよ。貴方はペニーウォート所属のAGE、ユーリ・ペニーウォートであっているかしら。」

「…。」

「無口なのね。灰嵐に巻き込まれそうなペニーウォートから生存者を救出をするために移動していた途中で貴方を見つけたの。ヴァジュラを一人で倒すなんてすごいわ。」

「…ペニーウォート…灰嵐…ユーゴ…。」

「え?」

「…助けないと。」

聞こえないくらい小さな声でそういったユーリは起き上がると包帯だらけのまま外へ出ようとする。

「まだ動いてはダメよ!ほら、血が滲んで…。」

「…どうでもいい。それより、ミナトは?」

「どうでもいいって貴方、あれだけの傷…。はぁ、何を言っても無駄そうね。現状は灰域を避けながら走行しているのだけれど、小型アラガミや中型アラガミの巣窟になっていて少し手間取っているところなの。」

「…出る。」

「無茶よ!その身体では5分と持たないわ。」

「…5分持てばここを突破できるよね。」

「それは…。」

「…ミナトにいるAGEを助けてほしい。…対価として差し出せるのはこれだけ。」

そういった彼はハッチを開けるとすごい速さで移動しているクリサンセマムから飛び降りて行った。
酷い傷口はまだ殆ど塞がっていないというのに彼は無茶をする。
まるで自分の命には興味がないようだ。
ペニーウォートでの境遇が彼をそうさせてしまったのだろうかと大きな溜息を溢す。

「オ、オーナー!先程の彼によって取り囲んでいたアラガミが一掃されました!」

「ヴァジュラを一人で倒す実力は間違いないわね。ミナトの救出まであと少しよ。全速前進!」

彼女の指示の下、ペニーウォートから子供のAGEが3人と技術者AGEが助け出され、任務に出ていた2人も合流することができたようだ。

「降りた彼、無事でしょうか…。」

「あれだけの怪我、それに灰嵐に巻き込まれつつあるあそこにいたら10分と持たないだろう。」

「…彼を助けるわよ。」

「え?」

「死なせるには惜しい存在だもの。」

そう言って笑みを浮かべたイルダは灰嵐が迫っているにも関わらず来た道を戻っていく。
一掃されたアラガミの中心で地面に突き刺したロングブレードにもたれ掛かり目を閉じている彼だったが、轟音とともに近付いてくるクリサンセマムに気付いたらしく視線を上げた。

「早く入ってきて。すぐに出発するわ。」

ハッチが開けられ、促されるがユーリは一切動く気配はない。
痺れを切らしてハッチから外を見ると大量の中型アラガミの死骸に圧倒された。
全身血だらけで立っているのが不思議なくらいで、彼の意地なのだろう。

「ユーリ!!」

「…ユーゴ…。」

「すぐに助けっ…!」

「…この灰嵐の速さじゃ間に合わないよ。」

「っ!?」

「…何言って…。」

「…自由な未来、二人なら大丈夫。」

「お前が居ないと意味ないだろ!」

「…会えてよかった。」

そう言ったユーリの口元には小さな笑みが浮かべられ、近づいてきた灰嵐に巻き込まれていった。
あの後、なんとか灰嵐から逃げ切ったクリサンセマムだったが、ロビーにいる二人は地面を見つめたまま放心している。

「…次々に仲間が死んで。ユーリまで…!」

「ジーク、落ち着け。」

「落ち着けるわけ無いだろ!あのユーリだぞ。ユーゴにとっては…!」

「黙れ。」

「…っ。」

「俺はアイツが死んだなんて思ってない。俺等がここで対価を示すにはあいつの力が必要不可欠だ。それなのに…。」

強く握られた拳からは血が滲んでいて、小刻みに震える身体はなんとかこの現実に耐えているのだろう。
感情のままポロポロと悔し涙を泣かすジークとは正反対で何とか耐えようと必死なようだ。
あれからのユーゴは表情を無くしてしまったようで、イルダと交渉をして未来のために動いているとはいえただ淡々と事務作業のようにこなしている。
今日もまた航路上に現れた中型アラガミを排除するべく、ユーゴとジーク、そしてゴッドイーターのクレアの3人で地上へ降り立った。
コンゴウ亜種という少し手強い相手だったが、一体であれば倒せないこともないとステップを踏みながら攻撃を避け、斬撃を繰り出せば顔面の結合崩壊が起きたようでダウンしている。

「(皆さん!想定外の大型アラガミが接近しています。推定時間は…5秒!?)」

オペレーターの彼女の言葉とともに激しい咆哮が聞こえ、地面を震わせるほどの声量に思わず耳を押さえた。
新型アラガミのようで、ヴァジュラとプリティヴィ・マータ両方の顔を持ったような見た目をしている。
こちらに気付いているようでギョロリとした大きな目で見据えていたがすごい勢いで向かってきた。
装甲でなんとか防いだユーゴだったが、ぶつかった衝撃で吹き飛ばされる。
岩に叩きつけられると衝撃に備え目を閉じたが、いつまで経ってもその衝撃は来ない。
それどころか背中に温もりを感じる程で何だと目を開けると見知った容姿が見え目を見開いた。

「…ユーリ…?」

彼のその呟きに小さく頷くと、ユーゴを離れた位置に降ろしてから神機片手に新型アラガミの脳天目掛けて降りていく。
強固な装甲の間にあるコアに突き刺せば、一撃で仕留められたようでそのまま倒れていった。
流石ユーリである。
AGEとしての適正は甲判定。
そして規格外の感応率を叩き出す彼はAGE最強と言っても過言ではない程の実力者だ。
向かってきていたコンゴウ亜種も一撃で倒し、小さく息を吐いた。

「おま、ユーリ!?灰嵐に巻き込まれて!!」

「…意外と平気だった。」

「ユーリ。」

「?」

「無事で良かった。」

その言葉とともにユーゴに抱き寄せられる。
肩口に顔を預けている彼は泣いているのだろう。
冷たい感触を感じ、そんなに心配掛けてしまったのかと反省しているようだ。
彼らとともにクリサンセマムに戻ると皆死人を見るような表情を浮かべており、居心地が悪いがすぐに医務室に運ばれていく。
まだ全快とは言えない傷だが、しっかり手当てしたようだ。
灰嵐による身体に対する影響も特になくクレアから驚いた表情が見える。

「本当に…何ともないのですね。」

「…。」

「ユーリはどうだ?」

「バイタルに異常はありませんでした。」

「それは良かった。ユーリ、頼みたいことがあるんだが。」

「…?」

「この灰域踏破船に居た航海士が負傷したらしくてな。俺とジークに適正はないが、お前なら絶対いけるだろ。」

心からユーリを信頼し、その能力を買っている彼はニンマリと笑みを浮かべながらロビーにある椅子へと促した。

「ユーゴ。前にも言ったけど、訓練を受けていないAGEがそう簡単に…。」

「オーナー!驚異の同調率です。100マイル…いえ1000、10000000マイル以上見渡せます。」

「!?」

「ユーリは甲判定受けた筋金入りだぜ?」

「確かに彼は価値のあるAGEね。」

「これで交渉成立だな。」

「それだけじゃ困るわ。他にも価値を見いだせなければ…。」

「灰域種を一人で倒せるって言ったらどうする?」

「灰域種を!?」

「ユーリなら余裕だ。それに、灰嵐に巻き込まれたはずのコイツが生きてる。それだけでも価値があると思うが?」

「…それはそうね。私達の目の前で灰嵐に巻き込まれていたわ。貴方、本当にあの時に会ったユーリ・ペニーウォートなの?」

「…違うよ。」

「!?」

「こら、ユーリ。その冗談は俺にしか通じねえって言っただろ。」

「…そうだった。」

「今のは冗談なの?」

「真顔で言うから冗談に聞こえねえんだよなぁ。疑うならDNA検査でもするか。この前、怪我の治療してくれたんだろ?その時の血液さえ残ってればできる。」

「そこまではいいわよ。神機を見ればわかるもの。彼のはすごく高いランクの物と聞いたわ。」

「灰域種を何体も倒しているからな。最高ランクまで強化してある。」

だから見たことの無い武器だったのかと納得するイルダ。
彼の持つ全て
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