深海の神喰
□AGE 1
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ペニーウォートと呼ばれるミナト。
ここはどこのミナトよりAGEの扱いがひどいと有名で、今日もまた監視官の気分を害した1人のAGEが何度も暴行を繰り返されていた。
数時間後、ボロボロになるまで暴行されたAGEを牢屋の中へと投げ込んだ監視官は蔑むような目で見下してから去っていく。
「おい、大丈夫か?」
「…。」
「お前が反抗するなんて珍しいな。」
「ユウゴ、そいつ大丈夫なのか?」
「ジーク戻ってきたのか。」
「今さっきな。ユーリが監視官に楯突くなって珍しいよな?そのせいかすっげー執拗にやられてるじゃん。」
「まーな。わりぃけどベッドに運ぶの手伝ってくれねぇか?拘束具が邪魔で1人で運ぶのはちときつい。」
「おーけー。」
ユーリをなんとかベッドに運び体勢を整えさせると口から流れる血にユウゴが舌打ちをこぼす。
相当強い暴行を受けたことにより内臓に傷でもついたのだろう。
治療キットはガキどもに使っちまったし、明後日まで任務はない。
「…ユーリ。」
「このままだとやべーんじゃねぇーの?」
「…そうだな。回復薬でもあれば良いんだが。」
「…だい…じょ、ぶ。ね、たら…なおる。」
「んなわけねーだろ!どーすんだよ、ユウゴ!」
「騒ぐな。監視官がいるんじゃまともに手当てできねぇ。とりあえず夜中までは黙ってろ。」
そう言ったユウゴは誰よりも心配であろうはずなのに、さも興味無さげにベッドへと腰かけた。
2時間後。
監視官が居眠りを始めたのを横目で確認すると、極力音を立てないようにしながらユーリのベッドへと近付けば口元から出ていた血は消えておりユウゴの気配に目を覚ます。
「大丈夫か。」
「…大丈夫。」
「あのとき、なんで反抗した。」
「これ、ばれそうだった。」
「…おま!」
ユウゴの目の前に出したのは医療キットの中でも価値が高く、滅多に手に入らないため見つかると監視官に没収される代物。
それを隠し持っていたようだ。
「…ショウの具合、日に日に悪くなってたから。」
「それは…けどお前も相当酷いぞ。」
「大したことないよ。…血もすぐ治まったし。それより、子供達このままだといつ倒れてもおかしくない…。」
「現状維持なら死ぬまでこの牢屋から出ることすらできねぇ。けど俺たちは諦めねぇ、だろ?」
「…。」
「小さなチャンスさえこれば…な。」
そうして話している間に夜が明けていった。
朝方任務通達に来た監視官は緊急事態だと居眠りから覚めたばかりの男へと耳打ちするとユウゴ、ユーリ、ジークの3人を灰域の近くで暴れているアラガミ討伐へと派遣した。
荒野にいるのは今まで見たことがないほど強そうなアラガミで電気を纏っている。
「なんだよ、あいつは…。」
「やべえな。まともに戦って勝てるようなやつじゃねぇ。」
アラガミの咆哮は地響きとなって近くの岩を砕き、立っているのもやっとなほどだ。
一緒に来ていたはずの監視官は恐怖のあまり悲鳴を上げ、それによりアラガミの目がギョロりとこちらを向く。
気付かれたことへの舌打ちを小さく溢しながら、神機の柄を握り込むと同時にすごい早さで突進してくるアラガミ。
狙っているのは神機を持つ自分達ではなく、声を上げた監視官のようで一直線に向かっていく。
「ひいいい!」
恐怖で身動きがとれない監視官は近くにいたジークの服を掴み、盾にして彼の背中に隠れた。
「ちょ、離せよ!」
「お前の代わりはいくらでもいるが私の代わりはいないんだ!大人しく盾になれ!」
「ジーク、構えろ!」
いきなりのことに装甲を構えることもできぬままのジークにユウゴが叫ぶが、間に合うはずもなくアラガミの鋭い牙が彼へと襲いかかった。
轟音と共にあまりの威力に地面がめり込み、砂埃が舞い上がった。
やっと治まったかと思うと、ジークの目の前にはユーリが立っておりアラガミの牙を左肩に受けながらも神機の刃がアラガミの身体を突き破っている。
大きな音を立てて倒れたアラガミを見ながら刺さっていた神機を抜き取り小さく息を吐くユーリ。
左肩から流れる赤は黒い制服からもよくわかり、ユウゴの目は見開かれている。
先ほど倒した相手は灰域種のアラガミだったようで、傷口からオラクル細胞が流れ出ていた。
「ユーリ…。」
「おま、大丈夫なのか…?」
「ユーリ、座れ!ひどい傷だな。」
「何をしてる!そいつはもう助からない!ミナトへ戻るぞ。」
「ふざけんな!てめぇがっ。」
「…ジーク。いいよ、怒らなくて。」
「けど!」
「大灰嵐が起きてるんだ、早く戻らないと…ね。」
「ユーリ…。」
「ぐすぐすしてないでさっさと行くぞ!」
「…てめぇだけで行けよ。」
先ほどから黙っていたユウゴは今まで一度も見たことがないほど冷酷な目で監視官を見ると、ユーリの傷口を布切れで押さえている。
「私に口答えするつもりか!」
「俺らの代わりはいくらでもいるんだろ。ユーリと俺がここで抜けたところでなんの問題もねぇはずだ。」
「逃げる気じゃっ。」
「大灰嵐がこっちに向かってるのにどーやって逃げるんだ?俺はユーリを置いて行くくらいならここで灰嵐に巻き込まれて死んだ方がましだ。」
「俺もだ。」
ジークはユウゴの言葉にうなずくと、監視官を見やった。
彼は近付いてくる灰嵐に焦っているようで、3人のことは諦め走って逃げていく。
「ユーリ、大丈夫か?」
「…思ったほど痛くない。」
「それは脳内麻痺が始まってるからだろ!血の量すげぇし、どうしたら…。」
「(……の…AGE……聞こえ………。)」
「無線?よく聞こえないが、誰だ。」
「(…やっと…繋がった。…ここに居ては危険よ。…反対側の岩場で合流しましょう。ただそこには小型アラガミが邪魔していてね。退治をお願いできるかしら?)」
「こっちには怪我人がいるんだ。あまり無茶はできねぇ。それに灰嵐は俺たちのミナトに向かってる。ガキどもを助けないと…。」
「(その件はこちらが対処するわ。その代わりならやってくれるわね。)」
「わかった。ユーリ、動けるか?」
「…問題ないよ。」
「俺とジークが先陣切る。お前は後ろで待機だ。」
「…足手まといになる気はない。今のままでも十分戦える。」
「バカいえ!お前の真下の血溜まり見てみろ。」
「…。」
「いいな?これは命令だ。頼むから俺にこれ以上心配かけないでくれ。」
悲痛な表情で説得してくるユウゴに仕方なく頷いたユーリは神機片手に二人の少し後ろで動き始めた。
無線に指定された場所は開けているが、相当な数のオウガテイルやコクーンメイデンなど小型アラガミが巣くっている厄介な場所で神機の柄を握り込みながら凪ぎ払っていく。
とはいえ、多勢に無勢。
負傷しているユーリを庇いながらの戦いでは隙が生まれてしまう。
それはつまり自分のせいで二人が死ぬリスクを負うということで、ユーリはユウゴとの約束を破り、同じように小型アラガミを次々と倒していった。
左肩から止めどなく流れる血は地面を赤く染め、オラクル細胞が流出することにより倦怠感が全身を襲う。
しかし、今倒れるわけにはいかないと口の中いっぱいに広がる血をのみ下した。
10分も経たないうちに小型アラガミを撃退した3人の目の前に現れたのは巨大な乗り物で無線から聞こえてくる声に中へと招かれる。
立っていたのはブロンドヘアの綺麗な女性でキリッとした顔つきは意思の強さの象徴のようだ。
「無事だったみたいだな。」
「…あんた、誰だ。」
「私はこの灰域踏破船クリサンセマムのオーナー、イルダ・エンリケスだ。」
「俺はユウゴ・ペニーウォートだ。何故俺たちを助けた?」
「大灰嵐が起きてミナトが飲み込まれそうだと聞いていたの。助けるのは当たり前よ。それより、怪我の手当てをしないといけないわね。」
「ユーリ、動けるか?」
「…ん…。」
ほとんど意識のなくなりつつある彼に気づいたユウゴは軽々と抱き上げ、彼女に続いて医務室へと移動すれば清潔なベッドと医務室独特のアルコール臭に思わず顔をしかめた。
ユーリをベッドに寝かせると、厳つい顔の男が無言のままハサミを取り出し傷口に触れないようにしながら服を切っていく。
布が取り払われて現れたのは思っていた以上に酷い傷口。
アラガミの細かい牙が刺さっており、変色し始めている皮膚から毒によるものだと素人でも理解できる。
「こりゃひでぇ…。灰域種にやられたのか。」
「…あぁ。」
「こんな状態でよく動けたな。猛毒と麻痺で意識保つのも苦労しただろう。」
「昔から無茶しかしねぇからな。」
「…うる、さい。」
「おーまだ反抗する元気はあるんだな。」
「…ユウゴ、怒ってる…。」
「当たり前だろ。けど、ジーク助けたのはお前らしいし、責める気もねぇよ。むしろよくやった。」
「…そ、か。…よかっ……た。」
小さく笑みを浮かべユーリはすぅと目を閉じ意識を深く沈めていくのだった。