深海の神喰
□神喰 2
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人類最後の希望、エイジス計画から3年が経ち、リンドウが復帰してからも隊長として皆を纏めてきた新型と呼ばれていた彼は、数日前から姿を消していた。
それ故にアナグラではピンと糸が張り詰めたようなそんな空気が流れている。
「…なんで隊長は何も言わずに居なくなってしまったんでしょうか。」
「さあな。まあアイツの事だ、何か考えがあってのことだろう。」
「…リンドウ、支部長が呼んでいる。」
白髪の青年は不機嫌そうにそういうと自分も支部長室へと向かていく。
リンドウが部屋に入るとサクヤ、ソーマ、コウタ。
そしてロシア支部に戻っていたはずのアリサの姿まである。
「どういうことですか?」
「…お前らが慕っていた新人、否隊長の死亡が今朝確認された。」
「っ!!」
「嘘でしょ…あの人が死ぬなんて…。」
「エイジス計画の行われたあの場所でこの神機と彼の半身が見つかったという話だ。」
目の前に出されたそれはつい数日前まで一緒に戦っていた彼が使っていたロングブレード。
赤とピンクの装飾がやけに目立つ綺麗なまでのそのブレードを見間違うはずもなく、血がべっとりとついたそれに皆目を疑った。
「なんでアイツは1人であんなところに!!」
「…最近ツクヨミが暴れまわっていてな。何人もの部隊が帰らぬ者となった。お前たちに正式に依頼がされるはずだったのだが、アイツはどこで聞いてきたのかそのツクヨミを倒しに1人で出撃したらしい。第一特殊部隊でも倒せるかどうか厳しい難易度の禁忌アラガミだと知っていたようだな。」
「じゃあ隊長は私たちを守るために…?」
「その線が有力だろう。」
「…っち。」
「ツクヨミはアイツと相打ちだ。ちゃんと最後まで片付けて行ったところはさすがだな。」
「新型らしいな。」
「…以上だ。すまなかったな、アリサ。」
「いえ、直接聞けてよかったです。」
まだ戸惑いを隠しきれない皆はエントランスへと重い足取りで歩いて行った。
隊長が死んだ、それは他の部隊にも届いているらしくエントランスでもその話で持ちきりだ。
とくに隊長はアラガミ化したリンドウを助け出すという偉業を成し遂げるような人材である。
今までアラガミ化した人間が元に戻るような事などあり得なかったのにも関わらずそれを簡単にやってのけてしまったのだから。
それを思い出しているのか、リンドウは煙草の煙を吸い込みながら天上へと目を向けた。
そんな出来事があってから数ヶ月が経ち、リンドウが再び第一特殊部隊隊長へと就任。
そして期待の新型が入ってくる事となった。
「今日から配属になりました、新型のルシエル・アルツェルトです。」
彼らの目の前で挨拶したのは、数ヶ月前に死んだと伝えられた隊長にそっくりな青年。
それには皆目を見開いた。
「…お前。」
「?」
「いや、なんでもない。よく来たな、新型。俺の名はリンドウ、お前の指導官兼隊長だ。聞いた話だともう実戦経験もあるんだろ?なら習うより慣れろだ。今からシユウを倒しに行くが準備はいいな。」
「大丈夫なんですけど…俺の神機が何故か支部長室にあって。」
「…どんな神機だ?」
「アルーダノヴァから取れる素材を使って作ったロングブレードなんですけど…。」
「っ!ちょっと待ってろ。」
そういって居なくなったリンドウだったがすぐに神機を担ぎながら戻ってくる。
そこには血濡れた新人の神機があり、それにはソーマとサクヤが目を見開いた。
「これか?」
「あ、はい!良かった、ツクヨミ倒したときに神機がなくて困っていたんです。」
「どういうこ…。」
「お前ら何をぐずぐずしている。ヘリの準備は出来ているんだ。さっさといけ。」
支部長補佐であるツバキに怒鳴られ、仕方なく出発した彼らだったがやはりルシエルの言葉が気になって仕方がないようだ。
現地に到着するとすぐさまシユウが襲ってきたこともあり、そんな事を考えてる暇などない。
猛烈な攻撃から身を守りつつなんとか体制を整えるリンドウ、サクヤ、ソーマだがその中で1人上手くシユウの攻撃を避け、ジャンプして両翼を破壊していくと怯んだ相手にたたみかける。
そうしていとも簡単に倒してしまう彼のその姿はやはり我らが隊長の姿と酷似していた。
ふうっと軽く息を吐いた彼は唖然としている3人を見てクスクスと笑っている。
「狐に抓まれたってこんな感じなのかな。」
「お前はやっぱり…。」
「正解。」
「でもなぜ新型としてここに配属されたんだ?」
「それが俺もよくわかんないんだよね。ツクヨミ倒した時、俺も相当深手負ってて次目を覚ましたら新型の適正検査受けさせられて、あっという間にここに配属決まったみたいな?とりあえず戻れるし、神機もそこにあるって言われたからいいかなと。」
「なぜ最初に言わなかった。」
「だって俺死んだことになってるって聞いてたし、いきなり現れても混乱を生むだけでしょ?なら別に新型として最初からやり直すのもありかなってね。」
「あのなあ…お前俺たちがどんな思いしたか考えてねえだろ。」
「それは…確かに考えなかったかも。」
「おい。」
「いやだってあの時は俺もどうなってるかわかんなかったし、実際ほんとに俺が死んでることになってることも最初の方は冗談かと思ってたぐらいだよ。俺の半身があったって言ってたけど、今いる俺はちゃんと五体満足でしょ?それってどういうこと?」
「お前もしかしてまだ状況把握できてないのか?」
「そりゃそうでしょ。こっちにきたら何かわかるかと思ったんだけど、結果はデータベースにアクセスした通りしかリンドウ達もわからないってことに吃驚してる。」
「そりゃそうだよな。俺も実際に確認したわけじゃないがお前の服を着た半身だったのは確かだぞ。記憶の方はどうなんだよ?」
「んーそれがほんと倒したところから全くないんだよ。仕留めたと思ったと同時に…あれ?」
「どうした?」
「今の今まで忘れてたけど、そういや俺仕留めたって思ったあと背中にチクって痛みが走ったような…。」
「おい、それって!」
「…うん、俺眠らされたんだわ。多分。」
「周りに人の気配とか感じなかったのか?」
「最初はあったよ。でも特殊部隊の奴らはみんな死んでたはず…いや待てよ。確か研究所から派遣された奴は腕に軽傷負ってただけだったような…。」
「研究所?」
「禁忌アラガミともなるとやっぱり特殊な装置を使わないと分析できないからどうしてもその装置を扱える研究員が居るんだとかなんとかいってたっけ。俺なんで今まで忘れてたんだろ…。」
「忘れてた?」
「うん、今はリンドウと話してるからすんなり出てきてるけどそれまでは全くなにも浮かばなかったんだよ。どうやってツクヨミのとこまでいったかとかどんな方法で倒したとか。今はちゃんと鮮明に思い出せるのに…。」
「おい、大丈夫か?」
「…ぅわ、なんかクラクラ…。」
そう言ったかと思うと地面に倒れかかるルシエル。
それを軽々と支えたリンドウはとりあえず医務室へと運んだ。
「彼は記憶操作をされていたみたいですね。それを無理にこじ開けた反応で意識を失ったのでしょう。」
「…記憶操作?何のために。」
「ルシエルはそこで何か目にしてるんじゃないか?上の者がひたすら隠し続けている何かを。」
「それなら辻褄があいますね。研究員がいたといっていたけどあれほどの禁忌アラガミの近くに居られるってことは、細胞を持ってるってことです。」
「俺も少し調べてみるか。」
「私もロシア支部に戻って情報収集してみますね。」
「よろしく。」
各自情報収集のために動き始めた。
あれから数日が経ったがルシエルは目を覚ますことなく昏々と眠り続けている。
「まだ目冷まさねぇな。」
「意識レベルが低いままですからね。」