深海の神喰
□神喰 1
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新型神機適性検査で驚異の適合率を見せた新人が今日からこのフェンリル極東支部、通称アナグラに配属されるという話題で朝からもちきりである。
教官である雨宮ツバキに続いてエレベーターから降りてきたのは青っぽい銀髪の少年。
服装はアナグラでよく見るシンプルなスタイルでこれといって特徴はない。
「新しく配属になった新型神機使いだ。挨拶をしろ。」
「今日から配属になりましたユウです。よろしくお願いします。」
「名字も言え。こいつは黒野ユウだ。黒野には第一部隊に入ってもらう。今からヴァジュラの討伐任務だったな?こいつも同行させろ。」
「新人が死んでも責任とれないぜ。」
「フン、戯れ言はいいからさっさと行け。」
そう言ってツバキはエレベーターに乗り込んだ。
「…しゃーねーか。俺はリンドウ、この班のリーダーだ。そっちがサクヤ、そのフードの奴がソーマだ。ヴァジュラは予行練習とは訳が違う。一瞬の油断が命取りになるからな?それがわかってんなら行くぞ。」
「はい。」
迷いのないその返事に頷いたリンドウ達は出撃ゲートを潜り、ヴァジュラが出現したという地区にヘリで移動する。
二組に別れて索敵を始めると、リンドウとユウの少し先でオウガテイルを捕食するヴァジュラの姿が。
食事に夢中で気が付いていないということは今が強襲のチャンス。
リンドウは全員集合の合図を出し、ぎゅっと神機の柄を握り込んだ。
「…行くぞ。」
ロングブレードの溜め技がヴァジュラに炸裂すると悲鳴に近い鳴き声を上げ、臨戦体制に移る。
ユウはステップで後ろに回るとロングブレードを素早く動かし、尻尾の結合を崩壊させた。
その動きは初めて戦うような者には到底思えない。
リンドウはニヤリと笑いながら攻撃をしかけるが、いきなり雷攻撃。
間一髪、装甲で守るがユウの方はまだまだ装甲が弱い為上手く防御したものの威力の差で吹き飛ばされた。
堅い壁に背中を打ち付けると同時にせり上がってくる嗚咽感。
しかし、それにかまけている余裕などない。
こちらへ方向転換さたヴァジュラの突進が向かってきているのだ。
装甲を解き、神機を握り込んでステップで避ければ壁に激突するヴァジュラ。
勢いがあり過ぎて急には止まれないのだろう。
「おい、新人大丈夫か?」
「…大丈夫です。」
「んーならヴァジュラの顔面叩くぞ!」
「はい。」
スタングレネードで動きを止めさせ、顔面を集中的に攻撃すれば結合崩壊が起きヴァジュラが倒れ込んだ。
今がチャンスだと攻撃をしかけていたその時、いきなり現れたディアウス・ピター。
リンドウに向けて爪を振り下ろした。
それに気付いたユウが装甲を展開させて防ぐがやはりダメージを受けきるにはまだ足りないようでそのまま薙ぎ倒される。
「ピターまで来るとはな。とりあえず、ヴァジュラのコア回収だけ済まして逃げるぞ」
「…っ。」
「動けるか?」
「…っ大丈夫です。」
体に残る衝撃と痛みに歯を食い縛りながらコア回収を済ませ、ピターから距離を取りこちらへ向かってきているであろうサクヤとソーマの合流を図ろうと走っていた。
やけに合流するのが遅い二人に嫌な予感がするリンドウ。
やっとサクヤとソーマを見つけたものの、二人はピターと戦闘中であった。
後ろを振り向けばもう1体のピター。
2体相手するには少々キツい状態である。
なんとか3人を逃がす方法を考えていたリンドウの通信機にヘリが到着したかとを知らせるバイブが鳴り響いた。
「新人、サクヤ、ソーマ。俺がスタングレネードを投げたらヘリの所まで一気に走れ!俺はコイツらの気を引き付けておく。いいか?これは命令だ。」
「リンドウ、私も残るわ!」
「いいから行け!」
そう言ってリンドウがスタングレネードを投げる。
後ろ髪引かれながらもサクヤとソーマは一気に走り出した。
とはいえすぐにスタングレネードの効果は切れる。
殺るか、そう思ったと同時に聞こえてくるのはピターの苦しそうな声。
振り向けばユウが装甲を破壊してダウンさせた所で、捕食したかと思うとリンクバーストで仕留めてしまった。
「お前、命令…つか倒すの早すぎだろ!」
「…すいません。」
「あーまあいいや。一匹倒せりゃ十分だろ。俺たちもヘリに行くぞ。」
リンドウに続いてユウもヘリへと向かい、二人を乗せるとすぐアナグラへと向かっていく。
リンドウが報告を済ませているとやって来たツバキにこっぴどく怒られているユウ。
リーダー命令に背いたことが原因であろう。
「教官、その辺にしてやってくれよ。ユウ、お前怪我してんだろ?医務室行ってこい。」
「特に問題はありません。今日の任務は終わりですよね?でしたら、失礼します。」
そう言うとエレベーターで新人区画へと移動してしまった。
ソーマ以上に扱いにくいこの少年にリンドウは深い溜め息を吐き、じっとりとツバキを見やる。
「ユウは何者なんですか?ピターを軽々と倒すなんて新人とは思えない。」
「気付いていないのか?」
「は?」
「仕方ないか、黒野の奴もあの態度だしな。」
「どういうことだ?」
「黒野ユウ、本当に聞き覚えないのか?」
「…くろの、黒野ってまさか!」
「あぁ、他の支部に飛ばされた後新型神機に適合してな。ここへ呼び戻されたって訳だ。上からは新人扱いとしてと言われたからそう紹介したがまさか気付いていないとは思わなかったぞ。」
「いや、あの時はあいつまだ身長もこんなもんだっただろ。」
「3年もあれば成長するだろう。あいつはもう16だ。」
「それもそうだな。ちょっくら邪魔してくるかな。」
そう言ったリンドウは新人区画へと移動していく。
エレベーターを降りてすぐの所で聞こえてきたのは怒声。
小川シュンと防衛班の誰かだろう。
「てめえ、せっかく俺が忠告してやってんのになんだその態度は!!」
「そういうの要らないです。」
「んーだと!死神と一緒にいて死ななかった奴はいねえんだぜ?お前もエリックの二の舞になるのがオチだ。」
「…ぁぁ、ぅぜえ。」
「は?」
「そこまでにしとけよ。」
「リ、リンドウさん!」
「新人を脅すのはよくねえだろ。ほら行った、行った。」
彼の言葉で二人は逃げるように新人区画を後にした。
ユウも自分の部屋へ戻ろうと踵を返すがいきなりリンドウに肩を捕まれ、壁に追いやられる。
「ユウ、お前俺に挨拶なしとはひでえじゃねえか?」
「…背中痛いんだけど。」
「わざと弱い装甲なんか持ってくからだろ?」
「いや、俺一応新人だからショボい武器じゃないと後々面倒じゃん。」
「相変わらずだな。つか、ソーマにちゃんと挨拶してやれよ?お前が居なくなってアイツ…。」
「わかってるって。リンドウに気付かれるまでが新人のフリする条件だし、今からベテラン区画にお邪魔してくるわ。」
「そうしてくれ。」
はぁっと溜め息を吐いて手を離せば自室に戻ったユウだがすぐに服装を変えて出てきた。
ラフなジャージ姿。
見慣れた黒のそれは酷く懐かしく感じる。
そのままエレベーターでエントランスに向かえば、わざと大声で陰口を言う奴らの声が聞こえソーマの手に握られた缶がぐしゃりと音を立てた。
「…ソーマ。」
「!?」
「そんな吃驚すること?」
「黒野ユウってお前のことかよ。」
「感動の再開を期待してたんだけどなあ。」
「…ユウ。」
いきなり抱き付いたソーマ。
エントランスという人が多く集まる場所であることなどお構いなしだ。
陰口を言っていた二人もそんなソーマに開いた口が塞がらないようで、固まっている。
「相変わらずだな、お前らは。」
「俺含まれるんすか。」
「当たり前だ、お前が原因だろ。」
「俺は別になにもしてないし。」
「…ユウ、お前背中熱い。」
「ん?あー衝撃結構来たから骨行ったかな。」
「っバカか!すぐ医務室いくぞ。」
半場引き摺られるような状態で連れてこられた医務室。
医者に見てもらうとすぐ治療を施され、全治6ヵ月を言い渡される。
「はあ?こんだけ動けてんのにそんなわけないじゃん。」
「ユウ、つっかかんのやめろ。」
「き、君は動いているが普通の人間なら痛みでのたうち回ってるくらいの状態なんだぞ。」
「俺普通の人間じゃないってこと?」
「そういう意味ではないが君はあまり痛みに敏感ではないようだね。」
「あ〜、それはそうかも。いちいち痛みなんか気にしてたら狩りなんかできないっしょ。」
「そういう問題か?」
「うん、てかもう部屋戻ってもいい?荷物整理とか終わってないし、色々やりたいこともあるんだよね。」
そういった彼に仕方なく了承した医者。
横にソーマを引き連れ、新人区画の自室に入れば空調設備は整っていないその部屋に溜息を零した。
お世辞にも綺麗とはいえない内装と刑務所にでも居るのではないかと思うぐらいの閉塞感と圧迫感。
荷物整理などと言っていた彼だが、これといって荷物が見当たらない。
服が一着置いてあるくらいで後はベッドのみという簡素な部屋だ。
「どこに荷物なんかあるんだ?」
「とくにないよ。でもやりたいことってのは確実に終わらせないとね。」
「なにするつもりだ。」
「俺がここから飛ばされた時、ちょっとした情報を掴んでいてね。エイジス計画についてなんだけど、見てのお楽しみかな。」
データベースにアクセスしながらそういうユウにいぶかしげな視線を送るソーマ。
画面を覗き込んでみてもさっぱり意味わからない文字が羅列されており、軽くため息を吐いて近くにあった椅子へと腰かけた。
「これどう思う?」
「…これは。」