深海の箱々

□ごくせん 1
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ヤンクミこと山口久美子とその教え子である沢田慎。
その関係は彼が卒業すると同時に彼女へと変化した。
極道弁護士になると言い放ち、東大の法学部に入学。
難なく卒業し、極道弁護士へ。
それまでに積み上げた努力によって久美子を彼女から妻へとし、女系一家にも関わらず一人息子である光を授かることもでき、黒田組の跡継ぎとしても立派に成長した慎は京太郎、若松、テツ、ミノル、工藤たちからの信頼も厚い。

「慎の字!」

「どうしたんですか、そんなに慌てて。」

「光坊ちゃんが…。」

「光の奴また京さん達を困らせるようなことしてるのか。」

京太郎から居場所を聞かなくても何処に居るのか検討が付いていた慎は大きくため息をつきながら庭へと向かった。
庭にある大きな木に登り遠くを眺めている光。
彼自身はなんとも思っていないようだが、組の若い衆や幹部達にとって目に入れても痛くないほど可愛がってきたお嬢である久美子の息子を可愛がらないはずもなく、過保護過ぎるくらい猫可愛がりしている。

「光、そろそろ降りてきたらどうだ?」

「かあさん!!」

母である久美子の姿を見つけた途端にブンブンと大きく手を振り始めた光。
普通の5歳児より一回りも二回りも小柄だが、久美子に似て無鉄砲なところがあるため危なっかしい。
手を振ることに夢中になっていた光の足が瞬きをした次の瞬間木の枝から離れ、そのまま重力に逆らえずに落下していった。
驚いて大声を上げた久美子。
そして周りの男達だったが、流石は父と言うだけあって慎はすっぽりと光を抱きとめ、ふうっと息をついている。

「慎!光は?」

「大丈夫。」

「怪我はしなかったか?」

「こわかったぁ。」

慎の腕から逃げるように久美子の胸に抱きつくと首元に擦り寄りながらグスグスと鼻を鳴らし始めた。
男なら泣くんもんじゃないと宥められ、至福そうに顔を緩めている光だがそれを見ている父親である慎は複雑な表情である。
普通ならば仲睦ましい親子愛と言いたいところだが、光の場合赤ん坊の頃から久美子一筋で基本的に父親である慎には見向きもしない。
そして極めつけに後から見せる勝ち誇った目が気に入らないのだ。
今でも泣くような玉じゃないくせに泣いたふりをして久美子の気を引いている。
それに嫉妬しているのは確かだが、下手なことを言えば彼女に嫌われかねないため黙っていた。

「光坊ちゃん、肝が縮む様な事はもうしないでくだせえ。」

「はーい。」

「光、お父さんにありがとうだろ?助けてもらったんだから。」

「…なんとかなったもん。」

「光?」

「…ありがと。」

「俺はお前の父親だからな。それと言っておくが久美子は俺のだぞ。」

「慎、子供に何言って…。」

「フン。」

腕から降りると父親のペースに流され始めた母を一瞥して自分の部屋に戻っていく。
こうなった時点で自分に勝ち目が無いことがわかっているからだ。
昔は久美子より弱かったという喧嘩も先代の組長から直々に教わって鍛えた事もあり今では肩を並べられる程。
そして細身の身体に筋肉が付き、今では立派な男である。
自分もいつかなれるのだろうか。
そんなことを思っているうちに眠ってしまうのだった。

翌日は土曜日で幼稚園の発表会。
次々と現れる自分の両親に子供達はそわそわとしている。
しかし、その中で1人全く動じていない園児が1人。
慎と久美子の愛の結晶である光だ。
暫く出入りで騒がしかった後ろの親達がやけに静かになり、そんな中で入ってきたのは長身で赤髪をオールバックにした端正な顔立ちの男。
スーツにしては派手な出で立ちで次々と聞こえる声は誰のお父さんだろうというものや、カッコイイという黄色い声。
昔からよくモテてる人間だったと言う話は嘘ではないようだ。
光自身も父親である慎の端整な顔立ちを受け継ぎ、女の子から人気なのは確かだが興味がない上に彼以上に子供らしからぬ冷たい態度もあって程遠くなっている。

「いまのひかるくんのおとうさん?」

「たぶん。」

「きてくれてうれしい?」

「は?」

「…うれしくないの?」

「べつに。かあさんにたのまれただけでしょ。」

「へんなの。」

チラチラと見ているクラスメイトを鬱陶しそうにあしらう。
発表会が始まっても相変わらずな態度で担任に注意されても辞める気はないらしく、そのうち注意されることもなくなった。
長かった発表会も終わり、両親と帰る子供達は嬉しそうに手を繋いでいるが慎と光の間には微妙な空気流れたままだ。
結局久美子は来れなかったか。
彼女自身も高校の教師とあって土曜日に出勤など珍しくはない。
光は寂しいのだろうか。
そう思ってのぞき込んでみると少しだけ暗い表情が見える。
しかし、それも一瞬のことで光はいきなり走り出したかと思うと門から出ていった。
それと同時に見えたのは黒塗りの車と人相の悪い男達。
普段はポーカーフェイスを保っている慎の表情が一瞬にして鬼の形相に変わり、凄いスピードで校門を出れば思っていたとおりの展開に大きくため息を零す。
光の小さく細い腕を乱暴に掴み、抵抗をやめさせるために力加減もせずに殴りつけていた。
それによって意識を失った光は小さな体をぽいっと車に投げ入れられ走り去っていく。
しかし、簡単に慎が見逃すはずもなく車には逃げられたが仲間の一人を車から引きずり出しそのまま黒田組へと連れていった。
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