深海の喰種
□喰種 3
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肉食亜人種である喰種最強と言われていた軍団黒猫。
数ヶ月前までは黒猫の面をした数千人にも及ぶ喰種達が白鳩を圧倒していた。
しかし、ある日を堺に一瞬にして消え今は息を潜めている。
白鳩の中では勝ったと言う者も居れば、20区を捨てたのだと言う者もいて本当の所は良く分からないようだ。
「…黒猫なぁ。」
「懐かしい名前ですな。」
「最近単体で動いてるみたいですよ。」
「白鳩の動きが活発になっているのはそのせいですね。」
古間と入見は芳村の煎れた珈琲を飲みながら溜息を零した。
物騒な噂が多い上にヒナミの両親も狙われていると聞く。
あんていくが襲われない限り、戦う姿勢を取るつもりはないが時間の問題だろう。
そんなことを思いながら視線を上げると同時に聞こえてきた入口のベルの音。
いらっしゃいませ、と声をかけたが入って来たのはフードを深くかぶった不気味な雰囲気を持つ男で、無言のまま窓側の席に着いた。
「何にしますか?」
特に気にした素振りもなくいつも通りの対応する芳村。
しかし、何も話す気はないらしく俯いたまま固まっている。
それと同時に聞こえるボタボタと床を叩くような音。
見なくてもわかる程の濃い血の匂いに彼が大怪我をしていることがわかり、次の瞬間床へと倒れ込んだ。
「…死んでますね。」
いつの間にか近付いてきた入見がフードを外せば、黒猫の面した人間が現れた。
喰種でない彼に興味を持った古間が近付いてくると、彼の指に握られている物に気付いて抜き取れば1枚の写真で、大いに見覚えのある写真の青年に目を見開いた。
黒い髪に黒猫の面。
怖い程たくさんの尾赫を持つ彼はヒナミの両親を守っているのが伺え出血は計り知れない。
「なるほど。確かに彼がじっとできないはずです。」
「どういうことですか?」
「ヒナミちゃんの両親は彼の両親でもあるんですよ。」
芳村のその言葉を聞いて驚きを隠せない2人。
あんなに温厚で優しい喰種から凶悪集団と言われる黒猫のトップがどうやったら産まれるのか不思議でならないのだ。
そんなことを思っていると再び入口のベルの音が鳴り、入って来たのはヒナミの両親と血だらけの黒猫。
凶悪集団のトップも流石に2人を守りながら戦うのは至難の技だったようでその場に座り込む。
「碧!芳村さん、この子は私達の大切な大切な息子なんです。どうか、どうか助けて頂けませんか…。」
ポロポロと泣きながら懇願する彼女に頷いた芳村だったが、流石猫と言われるだけあって警戒心を解こうとせず、臨戦態勢のままだ。
しかし、それも限界だったのか。
疲れきった表情のまま目をとじて丸くなってしまった。
とりあえず、奥の部屋へと運び溜め込んでおいた人間の死肉を与えるとRc細胞を取り込もうと一瞬にして彼の口の中へと消えていく。
そのまますぅすぅと眠り込んでしまった。
「何があったんですか?」
「仕事場をいきなり白鳩が襲ってきてそれを助けに来てくれたのが碧なんです。」
「そうでしたか。」
「でも今回の事で碧がこんな酷い傷を負うなんて…。」
「これぐらいなんともないよ。」
「碧っ。」
「父さんも母さんも心配しすぎ。」
起き上がって面を外した彼は母であるリョーコによく似ていて、まるで女の子の様だ。
それを言おうと古間が口を開きかけたが、鋭い視線で睨まれ仕方なく口を閉じる。
「ヒナミはここにいるんだよね?」
「ヒナミちゃんはさっき本屋に。」
「…っ。」
入見のその言葉に反応してすぐ様動き出した碧は誰にも気付かれない程のスピードで街中を飛び回れば、路地に追い込まれたヒナミの姿が…。
恐怖で涙を流しているにも関わらずにやにやと笑いながら今にも振り降ろそうとするその武器に憎悪の感情が生まれ、尾赫が次々と生えてくる。
グチャッ。
ヒナミの前に立ち尾赫で一突き。
装甲など関係なく突き刺さりその場に倒れ込む白鳩を見る彼の目はやはり黒猫そのもので跡形もなくなるまで攻撃を繰り返せば、応援に駆けつけてきた者達を恐怖のどん底に陥れた。
「おにぃちゃん?」
「…。」
「も、いい。も、いいから帰ろ。」
ヒナミは彼の背中に抱き着き涙をポロポロと流している。
それにやっと反応を示した彼は大きな溜息をついて、彼女をお姫様だっこするとその場から去っていった。
あんていくに着く頃にはヒナミの涙も止まり、心配げな両親の腕の中へと飛び込んだ。
「良かった!本当に良かった…。」
「うわぁぁん。」
「…じゃあ俺行くわ。」
両親が止める声も届かぬまま彼は出ていってしまう。
本当に助ける為だけに寄っていたらしい。
彼が去ってから1週間。
テレビではあちこちに出現する黒猫単体を駆逐するべく、駆け回りその他の喰種はそっちのけになっていた。
一つのカメラが捉えた映像には大量の血を吐く黒猫の姿があり、追い詰められている状況なのが伺える。
それを見てしまった両親とヒナミがじっとしていられるはずはない。
助けに行かなければと立ち上がったが、芳村に諭され力が抜けたように椅子に座り込んだ。
確かに、戦うすべのない自分達が行ったところで何の役にも立たないどころか迷惑をかけてしまう。
しかし、自分の息子が今にも白鳩に殺されそうなのを見て黙っていられるはずもなく、苛立ちと焦りだけが募る。
それと同時に疑問が浮かび、彼は何故一人で活動し始めたのだろうかと頭を悩ませた。
黒猫が集まれば20区の白鳩を壊滅させる事など容易のはず。
それをしないのは何か訳があるのではないか。
しかし、これと言って思い当たる節もなく大きく溜息を零した。
「ぁ…ぁぁ。」
「ヒナミ?どうしたの?」
「お兄ちゃんが…お兄ちゃんが…。」
「碧がどうしたの?」
「死…。」
「ヒナミ、大丈夫だよ。碧は強いから、ヒナミや父さん達を置いてったりしない。」
「そうよ。碧が帰ってくるって約束した時は絶対帰ってくるわ。」
ニッコリと笑みを浮かべたリョーコに安心したのか、涙を拭いている。
それから数時間後。
ヒナミが眠ってしまった静かな空間に響き渡る入口の鈴の音に2人は反応して店へと出ていけば、黒猫の姿ではなく普段着のGパンにTシャツというラフな格好をした碧の姿があった。
TVであれ程の出血をしていたのだがら、少しは怪我しているかと思いきやそんな様子は伺えない。
しかし、濃い血の匂いが鼻を突く辺りを考えると服の下に酷い傷があることは容易に想像できた。
「お帰り、碧。」
「…ん。」
「少し横になったらどうだい?」
「…だいじょ、ぶ。」
「なら珈琲でも飲んだら?」
「…んーん。」
そう答えながらストンと地面に腰を下ろした碧。
思っていた以上に体力を消耗していたらしく、座った本人ですら驚きを隠せないようだ。
立ち上がろうと努力しても無駄で、完全に力が抜けきってしまっている。
どうしたものかと思案していると見かねた芳村が碧を抱き上げ、奥の部屋にあるベッドへと寝かせれば完全に意識を飛ばしてしまった。
服を脱がし、傷口の確認をすれば最近白鳩が開発したという対喰種用の武器でRc細胞を抑制後破壊するという弾丸が多数撃ち込まれ、本来の治癒能力を発揮できないのだ。
とりあえず、身体に埋まっている弾丸を一つずつ丁寧に抜いていけば大量の出血を伴い口から吐血している。
全て取り終え、ガーゼに包帯を巻いていくとすぐ様赤く染まっていきこのままでは出血多量で死に至る可能性も大いにありえる状況に頭を悩ませた。
「…これは酷い。」
「碧…。」
「だからさ、大丈夫だって。この弾は確かに変な感じだけど、俺の身体の方が上。」
そういった彼は尾赫、甲赫、燐赫、羽赫を生やし身体を包み込んでいく。
数分間赤黒い塊と化していたが、少しずつ消えていくと全ての怪我が治癒されていた。
目の前で起きたことだが、芳村は目を見開き古間と入見も驚いたような表情を見せる。
「どういうことだ…?」
「俺の身体は再生能力に長けてるからね。ある程度の怪我ならすぐ治る。」
「興味深いですね。」
「喰種特有の能力ってことかな。」
「かもね。」
「痛みも消えるのか?」
「もちろん。それに致命傷でもなおるよ。」
「そんなことが可能なのか。」
芳村西尾トーカヨモヒナミ入見古間リゼ