深海の僕等
□三つ子 1
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入学式も終わり、少し学校にも慣れた頃。
部活にも本格的に力を入れ始め、下校時間には辺りが暗くなっていた。
今日もまた遅くなった帰り道をゆっくりと歩くのは部活ではなく、生徒会の仕事を全て任された故だ。
疲れたと言う身体を無視して歩き出せば肌寒い風が通り抜ける。
まだ日が落ちると寒いんだな。
そう心のなかで呟きながら家路を急げば、目の前に見知った色素の薄い髪。
話し掛けようか迷っていると、前に居た彼が人の気配に気付いたらしく振り向いた。
「要、今帰り?」
「あぁ、悠太は部活か?」
「ううん、図書室で探し物をね。」
「そうか。」
ぽつりぽつりと交わされる会話。
いつもの騒がしさはない。
そんな穏やかな雰囲気の中二人は帰路についた。
翌日。
空席だったクラスメイトを紹介する、と言う担任の言葉で入ってきたのは大いに見覚えのある色素の薄い髪に端正な顔立ち。
そんな少年に目を見開いた。
「浅羽佑士。よろしく。」
「おい、浅羽がまた増えたぞ。」
「見分けつかねえ。」
「…ゆーし。」
「祐希、何か用?」
「今まで何してたの。」
「ちょっと野暮用。」
「野暮用ってなに?」
突っ込んだ質問をしてみても答える気のない彼は適当に返し、席につく。
そのまま授業が始まり、不貞腐れた表情のままじーっと佑士を見ていた。
気付けば昼休みで、春と悠太が教室の外で待っている。
「祐希君、要くんお昼ご飯行きましょー!」
「うん、ゆーしも…あれ?」
「どうした?」
「ゆーしどこいった?」
「誰のことだ?」
「え?さっき…。」
「ゆーき、大丈夫?」
「…まあ。」
納得いかないという表情をしながら屋上への道のりを歩き出した彼。
夢でも見ていたのだろうかと頭の中を整理してみた。
しかし、どういうことなのかさっぱりわからない。
「…ねえ、悠太。」
「なに。」
「浅羽佑士って知ってる?」
「…何で、その名前知ってるの?」
「さっき会ったから…夢の中でだけど。」
「…家帰ってから母さんに聞いてみるといいよ。」
そう言って黙った悠太。
彼の口から言うのは荷が重いようだ。
気になって仕方のない祐希は授業が終わり次第速やかに帰宅する。
あまりの速さに皆驚いていた。
「…ねえ、母さん。浅羽佑士ってだれ?」
「…何でその名を?」
「ねえ、だれ。」
「二人のお兄ちゃんよ。」
「お兄ちゃん?」
「そう、佑士悠太祐希。貴方達は一卵性の三つ子だったの。」
「じゃあ今どこに?」
「生まれてすぐ佑士は呼吸器不全で亡くなったのよ。」
「…死んだ?」
「そうよ、15年も前に。」
「…じゃあ何であんな夢。」
「夢?」
「うん、夢で佑士のこと知ってたから。」
「そう、じゃあこれも夢ね。」
「…え。」
小さく溢したと同時に目を覚ました。
目の前には見知った同じ顔。
しかし、悠太ではない。
前髪の分け方も違えば、なんとなく雰囲気も違って頭にはてなマークが浮かんでいる。
「…ずいぶん魘されていたけど、大丈夫?」
「大丈夫。」
「佑士、朝練遅刻するよ?」
「…あ、ほんとだ。じゃあお兄ちゃん先行くけど、気を付けて来るんだよ?」
「わかってるって。ほんとゆーししつこい。」
「…ごめん、ごめん。じゃあまた学校で。」
自然と出た言葉にハッとした祐希。
そうだ、これが日常だ。
現実のような夢を見たせいかごちゃごちゃになっていたが、なんとか頭の整理できたようで制服に着替えながら欠伸を漏らす。
いつものように四人で登校。
グラウンドを歩いていると兄である佑士が走っているのが見えるが、周りより半周ほど遅れてるのが見えた。
「ゆーし大丈夫かな…。」
悠太のこぼした言葉で余計に気になってしまい二人でじっと眺めていると、その視線に気付いたのか軽く手を振り優しく微笑んでいる。
自分は大丈夫だとでも言うように。
歩きが遅くなっていた二人がやっと校舎内に入り、別々の教室に入っていく。
暫くすれば部活から帰ってきた佑士が大荷物を抱えながら歩いてきた。
「祐希おはよう。」
「うん。」
「今日は元気ないね。夢のことが原因かな?」
「なんで?」
「…目覚ましたときの祐希、困惑してますって顔してたし俺の顔見たときが一番だったから夢は俺関係かなって推測してる。」
さすがは二人の兄で分かりにくいと言われる表情を雰囲気や微かな変化で全て当ててしまう。
悠太も祐希と比べれば兄の自覚はあるもののやはり佑士には敵わず、結局は胸のうちを当てられてしまうぐらいだ。
「佑士、教科書貸して欲しいんだけど。」
「…数学だよね?」
「なんでわかったの。」
「お兄ちゃんはなんでも知ってるよ?」
「ほんと、佑士はさすがだよね。」
「はい、数学の教科書。」
「ありがとう。」
「いえいえ。」
優しく微笑んだ彼は悠太の頭にぽんっと手をおき、何かを乗せる。
手でそれを取ってみれば三種類のキャンディ。
赤、青、紫という組み合わせで佑士の方へと視線を向ければ、あげると口パクで言ってきた。
コクりと頷けば嬉しそうに顔を綻ばせ、自分の席へと戻る。
何となく青い包み紙のキャンディを口に含めばシュワシュワと感じるラムネ味で口の中が甘ったるい。
そんなことを思いながら悠太も教室へと戻るのだった。