深海の遊盤

□TOWRM 1
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いつも通り市場で買い物を済ませ、安く手に入った梨を使ってパイでも作ろうかと考えていたユーリ。
そんな思考はいきなり降ってきた雨によって中断させられ、紙袋が濡れないようにしながら路地裏で雨宿り。
小さく息を吐いて空の様子を伺っていると後ろからゴソゴソと音が聞こえてきた。
なんだと振り返ってみれば小さなカゴの中に赤ん坊が寝かされ、冷たい雨にうたれてぐずり始めている。
赤色の髪は毛先に向けて朱金に変化しているその珍しい色に思わず目を奪われ、ほっとけない病が発病したユーリは雨に濡れないように自分の身体で隠しながら帰宅路を急ぐ。
彼にとっての家は宿屋の一室で宿主の好意でずっとそこに住んでおり、とりあえずカゴから赤ん坊を優しく抱き上げベッドに寝かして濡れている箇所を確認してみるが、髪と頬が少し濡れているだけで身体はかけられていた白銀の布によって守られていたようだ。
静かに眠っている間にこの赤ん坊の身元がわかるものを探してみようとカゴの中身を取り出してみれば、白い紙が底に挟んであった。
開いてみればルークと小さく書かれていて、宛先も無ければそれ以外に何も書かれていない。
そんな出会いがあってからすでに1ヶ月が経つ。

「ユーリじゃないか。」

彼に声を掛けたのは幼馴染である騎士のフレンである。
その声に反応を示したユーリはポリポリと髪をかきながら振り向いた。
腕には哺乳瓶抱えられていて、何に使うのかと不思議そうな顔をしている。

「なんだ。」

「哺乳瓶なんて何に…まさか!」

「まさかってなんだよ。これはルークに。」

そう言って下に置いていたカゴを持ち上げミルクをくれくれとでも言うようにユーリに向けて手を動かす赤ん坊を見せた。

「…それは誰との子だい?」

「俺がつくったわけじゃねえよ。1ヶ月前くらいに拾った。」

「拾ったって、ユーリ!そういうことはちゃんとこちらに通して…。」

「通そうと思った時には熱出して行けなかったんだよ。次にいざ行こうと思ったら泣き喚いてそれどころじゃねえ。」

「随分君に懐いているみたいだね。」

「親だと勘違いしてるんだろ。」

「ぁぅ。」

「急いで飲むとまた吐くぞ?」

そう言いながら抱き上げるユーリの姿は親そのものでそれを見たフレンの口元には笑みが浮かべれている。

「ごめんよ、ユーリ。粉ミルクは品薄で外の街行かないと手に入らないんだ。」

「やっぱりそうか。」

「大丈夫なのかい?ルーくんはまだまだミルクが必要な赤ん坊だろう?」

「キングに買ってくるよう頼んどいたから大丈夫だろ。」

「キングがこの街に来るのかい?」

「あいつルークにベタ惚れだからな。頻繁に来てるぜ?」

「そうかい!なら次来たときに私がよろしく言ってたことを伝えてもらえるとありがたいんだけど。」

「それだけでいいのか?」

「あぁ、キングなら私からって言えば伝わるさ。」

自慢げに話したおばさんは新しい客に話しかけられその場から離れていた。
それを見計らったかのように現れたのは片目に眼帯、いかにも海賊の服装をした男。
ユーリの腕の中に居るルークを覗き込んでは締りのない表情を見せている。
そんな彼に反応したのはユーリではなくフレンだった。

「…あ、貴方はまさか。」

「?」

「あの有名なキングさんですか?」

「俺そんなに有名?」

「悪名高いキング様だろ。」

「あーそれはよく聞くなあ。」

「ユーリ、君はキングさんと仲が良さそうだけど…どういった関係なんだい?」

「俺とキングはルークの育て親ってところか。」

「ルーク。新しいぬいぐるみ買ってきたぞー。」

ミルクを飲み終えてご機嫌なルークに懐から取り出したモンスターのぬいぐるみを近付けると、小さな手で掴みぶんぶんと振り回している。
その姿を見ながら地面に置いていた大きく重そうな袋を軽々と肩にかけ、空いている左腕でルークを彼から取り上げると歩きさってしまう。
向かった先はユーリが住む宿屋で、宿主に挨拶と小さな袋いっぱいの金貨を置くことを忘れない。
ついでに彼女の子供に渡すお土産を置いて部屋へ入れば、相変わらず簡素な内装にニヤリと笑みを浮かべた。

「お前、ほんと自由人だよな。」

「自由がもっとうの海賊だから。ちょっとルーク持ってて。」

そういってユーリに渡すと地面に袋を置き、中からたくさんの粉ミルクを取り出して積んでいく。
これだけあればしばらく安心だろう。

「こんなにたくさんよく手に入ったな。」

「今回は2週間くらい来れなかったろ?その間に普段行かない街に行ってきたんだ。」

「それにしても品薄はどこも一緒だろ。」

「突き詰めて聞かれると困るけど、まあいろいろ。」

「お前、また無茶したんじゃないのか?」

「わふ!」

いきなり現れたのはユーリの相棒であるラピードで、キングの服をグイグイと引っ張っている。
その姿を不審に思った彼はルークをベッドに寝かしてラピードが噛み付いている服をまくりあげてみれば、薄汚れた包帯が痛々しく巻かれていてすでに血が染み出ていた。
ユーリに見つかっても全く悪びれた様子もなく、ルークと遊びながら手当てを受けるその姿からこれが何度も行われていることだとわかる。

「お前な、怪我したなら怪我したでちゃんと言えよ。」

「大したことなかったから忘れてた。」

「あのなあ。」

「そういやラピードにもお土産あるんだった。」

「話そらすんじゃねえよ。」

「何の話してたっけ?」

「…はあ。」

「これラピード用のクッション。掘り出し物だぜ?」

ニヤニヤと笑いながらラピードに渡す彼には反省という言葉はないらしい。
その姿に大きなため息を零したユーリは諦めて夜ご飯を作るべくキッチンへと向かった。
2時間ほどルークを構い倒し、気が済んだのか。
幾分軽くなった袋を持ちあげ3階の窓なのにも関わらず、普通に降りていった。
それと同時に機嫌が良かったはずのルークが癇癪を起こしたかのように大泣き。
驚いたユーリが駆けつけた頃には誰も居らず、ラピードがルークの大粒の涙をペロペロと舐めているだけだ。

「…ルークが寂しがってんのにな。」

泣き止まないルークを抱き上げ、あやしながらキッチンへと戻っていく。
自分のご飯の準備が整ったあと、ルークのミルクを作るべく粉ミルクを取りに行って戻ると外が騒がしくいつの間にか帰ってきたキングがご飯を食べていた。

「おい、何勝手に食ってんだよ!つかお前旅に出たんじゃねえのかよ。」

「いや?ただちょっと予定変更。」

「外の騒ぎと関係あるのか。」

「さあ?」

「関係あるんだな。」

「ユーリおかわり。」

「ルークの飯終わっ…。」

「ユーリ!」

「なんだよ、フレン。」

「キングを知らないかい?」

「あの時とえらい違いだな。」

「彼が貴族を襲ったという情報が回ってきてね。状況が変わったんだ。」

「やっぱりやらかしてんじゃねえか。」

「それ俺じゃないしー。」

「シラを切るつもりか?目撃証言があるんだ。」

「シラを切るも何もやってない事をやってるなんていうわけねえだろ。」

「…しかし。」

「フレン。キングがどういう奴か知ってるだろーが。こいつはふざけた野郎だが、自分がやった事を隠したりする奴じゃねえよ。」

「…。」

「で?俺を牢に入れたりすんの?ここの牢には入ったことないから入ってもいいぜ。」

「フレン隊長!キングを連行しないのですか?」

「…キング・ツァイヴェルト。強盗の容疑で連行する。」

手柄であるはずの出来事なのにも関わらず、フレンの表情はいまひとつ冴えない。
大人しく縄に縛られるキングの表情は始終笑みを浮かべていて、今から牢に入れられるというのに何とも思っていないようだ。
騎士によって地下牢に入れられた彼は地面に腰を下ろし、縛られている縄を簡単に外すと大きな欠伸を零す。

「犯人が捕まったのはまことか!!」

静かな空間に響いたのは男性にしては高い声色で、煩いとでも言うように耳を塞ぐキング。
身なりは貴族らしく綺麗に着飾っていて、その表情は歪み切っている。

「コイツは私が直々に拷問してやる!」

「それは困ります。こちらで裁判にかけ、その後に処罰が施行されます。」

「そんなんじゃ遅い!コイツは私の大事な…。」

「その大事なモノもどうせ下町の奴らから取り上げたんだろ。自業自得だ。」

「なんだと!!」

「図星かよ。」

人の悪い笑みを浮かべながら相手を逆撫でする言葉を発した。
それによって周りにいる騎士を無視して貴族の男は引き連れていた男に命令してキングを上から縛り上げ、暴力を振るい始める。
最初は止めていた騎士たちも彼の態度に腹を立てていた者も多く、終いには笑みを浮かべて見物していた。
キングはといえば顔を含め身体全体が痣だらけになるも人を馬鹿にしたような笑みを浮かべたままで、拷問は酷くなっていく。

「…これで…終いか…?」

「なんだと!?」

「…こんなもん…犬に舐められたのと同じだ…。」

「キング、それ以上煽るんじゃねえよ。」

「…何しに来たんだ、ユーリ。」

「ルークが熱出すわ吐くわ泣き喚くわ大変なんだよ。」

「もう少し遊びたかったけどしゃあねえか。」

いきなり現れたユーリと大声で泣く赤ん坊に驚いた貴族たちだが、片方は手負いだから勝てると思ったのか。
余裕な態度を取っていたがルークの体調が思わしくないというのを聞いたキングによって一瞬にして倒されてしまう。
この姿を見る限り今まで拷問を大人しく受けていたのは彼の気まぐれのようだ。
いつの間にか自分の装備と大きな袋を取り戻したキングはその中から小瓶と注射器を取り出し、針を刺して注射器に小瓶の蛍光色の黄色い液体を吸い取ってルークの腕にアルコールの付いた布で丁寧に消毒する。
ユーリが優しく動かないように押さえつけ、キングはルークの小さな腕を取って消毒した部分に注射の針を差し込み、液体を注入していった。
手馴れた姿を見ると彼が医者であることが伺え、ルークの容態を一瞬にして把握している。

「どうだ?」

「大丈夫だろ。暫くは安静にさせた方が良いけどな。」

「わかった。」

「とりあえず出るか。」

そう言ってユーリの自宅に戻ると袋からルークに飲ませる薬を調合するべく乾燥された薬草を取り出してすり鉢ですっていった。

「この小さいスプーン1杯をミルクに混ぜて飲ませてれば一週間もしないうちに治るだろ。」

キングのその言葉を静かに聞いていたユーリだが、彼の背中を見た途端息を飲んだ。
鞭を何度も打たれたらしく肉が削げ、大量に出血している。
痛みは相当なはずだが全く気にした素振りはなく、ボロボロの服から見える全ての皮膚に拷問を受けたであろう傷跡が所狭と付いていた。

「お前、背中…。」

「あー久しぶりに鞭なんか打たれたぜ。懐かしい感触つーか。」

「懐かしいって。」

「ま、情報収集も出来たし結果オーライだな。」

「そのやり方で情報収集なんかしてたらお前の身体もたねえだろ。」

「これでも医者の端くれだぞ。怪我くらいで死なねえのはわかるって。」

「そういう問題か?」

「そういう問題だろ。あーそろそろ行かねえと。」

「今度はいつ来るんだ?」

「近いうちだな。」

そう言って彼は袋を持って出て行くのだった。
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